神田鍛冶町で「針研ぎ かぐら」を営む浪人の糸原佐武郎。その研ぎの技は他に類を見ないほど精妙なもので、大口の注文も絶えない。実は佐武郎、かつて広島藩の徒目付としてたたら場に入り浸り、鉄の扱いや研ぎ技を熟知していたのだ。しかし、無二の親友から“あるもの”を預かったことから、佐武郎の運命は奔流に巻き込まれてゆく。2023年に『編み物ざむらい』で第12回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞を受賞した横山起也が満を持して送り出す、血湧き肉躍る痛快時代小説誕生!

『針ざむらい』横山起也 /細谷正充 [評]
頼むは剣と拍子の力。親友の仇を追う佐武郎が、強敵に立ち向かう。痛快なチャンバラ活劇が開幕した。
血が騒ぐ。握り拳に力が入る。編み物作家にして新進気鋭の時代小説家・横山起也の最新刊は、幕末を舞台にしたチャンバラ活劇だ。
広島藩の鉄徒目付の糸原佐武郎は、仕事にかこつけて“たたら場”に入り浸っている変わり者。「生き延びるためのすべてにおいて、拍子が肝要なのだ」という、たたら師の〈煙〉に気に入られ、何度もその拍子の凄さを体験している。そんな佐武郎が家に帰ると、親友の黒部新右衛門が訪ねてきた。
だが、新右衛門の様子が、いつもと違う。なぜか日記を託し、誰にも渡さないでくれと言って、去っていった。その後、新右衛門が何者かに惨殺され、佐武郎が殺したことにされる。さらに奇怪な武器を使うふたり組に襲われるが、貫心自然流の剣の腕と、拍子の力によって窮地を凌いだ。
それから一年後、佐武郎は江戸で“かぐら”と名乗り、研ぎ師をしながら、新右衛門の仇を捜している。ある日、卜占と歌舞をよくする声聞師の青が、仕事の依頼にきたことから、事態は大きく動き出すのだった。
いろいろな術の使える青だけでなく、鉄問屋『備前屋』の娘で杖術の使い手の花や、居酒屋『南番』の女将のお羊も、佐武郎の味方になる。ある実在人物が登場すると、ストーリーもスケール・アップ。この展開が楽しい。
しかし、明らかになった新右衛門殺しの実行犯は、とんでもない強敵だ。日常の道具を武器とする仇の集団に、佐武郎と青は苦戦を強いられる。刀対刀とは違う、異色のチャンバラ・アクションが、大きな読みどころ。数々の闘いのシーンは、興奮必至の面白さだ。
ひとつの闘いは終わったものの、一連の事件の全容は見えてこない。おそらく幕末の世相と絡んで、とんでもない話になっていくのだろう。その渦中で佐武郎たちが、いかなる活躍をするのか。次巻が待ち遠しくてならないのである。