今月のベスト・ブック

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装幀=森 敬太(合同会社 飛ぶ教室)

『粉瘤息子都落ち択』
更地さらちこう
集英社
定価 1,870円(税込)

 

『粉瘤息子都落ち択』(集英社)が最高だった。第49回すばる文学賞を受賞した更地郊のデビュー作だ。主人公の野中は、東京郊外に住む27歳の男性。メンタルを病んで会社を退職し、アパートに引きこもっていた。近いうちに大分の実家に帰ると決めたある日、野中はいつもマウンテンデューを買っている自動販売機のオーナーに、機械に貼られた珍妙なテープを見つけたら剝がしてほしいと頼まれる。そのテープには〈じゃあ一生オマトゥマヘーオマヘマンヘーっつてろよ。〉という文字が印刷されていた。自分の粉瘤から出た血がついて呪物のようになったテープを野中はメルカリに出品するが……。

 

 まず“オマトゥマヘーオマヘマンヘー”の謎めいた語感に引き込まれる。呪物の買い手のプロフィールを覗いたときの凡庸なのに不気味な雰囲気もリアルだ。 粉瘤とは皮膚にできた袋状の構造物に角質や皮脂がたまったもの。炎症したまま放置されている粉瘤は、傷んだ心身をろくにケアすることなくふらついている野中の姿と重なる。“択”は格闘ゲームで使われる専門用語だ。有利な状況で防御方法が異なる複数の攻撃手段からひとつを選ぶことらしい。都落ちする予定の野中がとるヘンテコな“択”を本書は描いていく。

 

 無職の野中は大学時代の友人である忍と「ストリートファイター6」をオンライン対戦することによって月10万円をもらっていた。忍は公務員として働いていたはずが、どういうわけか金持ちになり、筋トレに励んで身体が巨大化している。電車に乗れないために歩きすぎて膝を痛め、日本学生支援機構に借りた奨学金の返済にも困っている野中と対照的だ。金がからむと友情は壊れがちだけれども、くだらないことで言い争いつつ、支え合っているふたりの関係がいい。忍は忍で、野中の存在を必要としているのだ。

 

〈お前は仲介者ではない 金星人プラスの偽善者〉〈さわやかなき、土地のCOCOS〉など、自販機に続々と貼られる呪いの言葉も面白い。都築響一の『夜露四苦現代詩』を思い出す。集英社の公式サイトに掲載された更地のインタビューによれば、もともと散歩しながら公衆便所や自販機の落書きをスマホで撮って集めていたという。

 

 小説とはつまるところ、どんな言葉を選びどう組み合わせるかという“択”でできている。本書の“択”は冒険的で楽しい。

 

『プレイ・ダイアリー』(朝日新聞出版)は、映画化された『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』などで知られる大前粟生の最新作だ。タイトルの“プレイ”は“PLAY(演じる)”と“PRAY(祈る)”のダブルミーニング。語り手の「私」は、自分が演じる三田菜月という女性のことを日記に綴る。

 

 雨の日も風の日も、災害が起きた日も、同級生の葬儀の日も、いつも笑っていたという菜月ちゃん。菜月ちゃんは小学生のとき、男の子が女の子のスカートめくりをしているのを見て花瓶を落とし、ショックで泣いてしまった。すると先生に〈女の子は笑顔でいた方がいいよ〉と言われた。その事件を境に、何かに脅迫されるみたいに笑顔でいることばかりを意識するようになったのだ。

 

「私」は〈先生の言葉の背後には、自分たちに刃向かわず、自分たちを慰めてくれる存在としての女性に笑顔を求める男のひとたちの声があったはずだ〉と考察する。そして、台本と原作小説を読み込んで、菜月ちゃんにかけられた呪いと、彼女が起こした事件を追体験する。俳優が役を身体に落とし込む過程は、こんなにひたむきで痛みをともなうものなのかと思う。役作りに没頭する日々のなかで、「私」が観た展覧会や読んだ本について感想を書くくだりもいい。生活と思考を切り離さない日記文学ならではの魅力がある。

 

『風を飼う方法』(河出書房新社)は、自費出版として異例のヒットを記録したエッセイ集『ここで唐揚げ弁当を食べないでください』で注目を集める小原晩の初めての小説集だ。短編3作、掌編1作を収める。全120ページの薄い本で、装幀もシンプル。版元の紹介によれば〈日頃あまり本を読まない方にも手に取りやすい〉造本にしたそうだ。

 

 離婚して5年ぶりに東京でひとり暮らしを始めた女性がけだるげな店主が営む弁当屋で働く「けだるいわあ」、主人公がおじさんの気ままな水浴びを見てプールに対する憧れをよみがえらせる「水浴び」、葬式帰りの語り手がなんだかわからない店の軒下で雨宿りする「カリフラワー」。いずれも忘れがたい人物が登場し、光景が鮮やかに思い浮かぶ。

 

 とりわけ表題作がよかった。ある水曜日に心ぼそさをおぼえる百子の話だ。百子は同じマンションに住む中肉中背の中年・山彦さんを訪ねる。山彦さんからはいつも淡くお酒のにおいがして、百子にジンのお湯割りを飲ませてくれる。ふたりはどんな関係なのかと思いながら読み進めていくうちに、百子の心ぼそさの根底にある深い傷が浮かび上がる。

 

 誰と会っても何ひとつ癒やされないし、解決はしない。でも、百子がなんでもない川沿いの雑草の上でメロンパンをかじるくだり、母に習った玉子焼きを丁寧に作るくだりは、冷たいけれど心地よい風に吹かれているような感じがする。ひらがなを多用した文体はやわらかいけれども芯が太い。ラストシーンの2行は凄みがある。希望がとぼしくても自分のままで生きていく人間の凄みだ。