本来なら言葉を交わすことなどなかったはずなのに、ロープウェーの故障事故のせいで関わりを持ってしまった乗客たち。空中で一時間以上もゴンドラの中に閉じ込められた者たちの地に足のつかない日常をユーモラスに描いた書き下ろし長編小説。乗客たちのその後の“宙ぶらりん”な日々はどうなるのか?

 

「小説推理」2026年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『宙ぶらりんの箱』の読みどころをご紹介します。

 

宙ぶらりんの箱

 

■『宙ぶらりんの箱』片島麦子 /細谷正充 [評]

 

実力派の作者が、特異な体験をした人々のその後の揺れ動く日常を鮮やかに描いた力作

 

 ロープウェーの故障事故により、ゴンドラの中に乗客たちが閉じ込められた。しかしこれは、物語のプロローグ。本書は、それによりその後の日常が揺らぐようになった乗客たちを主人公にした連作長篇である。

 

 作者は、ゴンドラが宙ぶらりんになった現場に、地方テレビ局の新人アナウンサーの野呂が駆けつける場面から物語をスタートさせる。上手いと思ったのは、野呂のリポートにより、事故の概要を説明していること。それにより物語の大切な設定を、読者はすんなりと理解することができるのだ。

 

 このプロローグを経て、事故の当事者たちの、その後の物語となる。第一章の主人公は、看護師の水原里衣子。事故で怪我をしたときに介抱してくれた咲哉と同棲している。しかし咲哉は料理以外のことはせず、ヒモ生活を満喫していた。そのことを里衣子から聞いた友人の環は、咲哉を見極めようとするのだが……。

 

 読んでいるうちに分かってくるが、里衣子はダメンズ好きのようだ。一方で、環が里衣子に執着しているような雰囲気もある。咲哉と環の間で揺れる里衣子と、同棲の顚末が読みどころ。宙ぶらりんな人生も、結局はどこかに着くのだと、苦笑いを浮かべてしまった。

 

 その後、登場するのは以下の乗客たち。訳ありの老人姉弟。3年前に妻子が家を出てからひとり暮らしをしている男性と、会社を辞めたことを家族に隠している男性。タイプの違う二組の家族。事故でパニックになり、人が多いところに出かけられなくなった女子高生と、各章でそれぞれの人生が描かれていく。落ち着かない日常に翻弄される人々を見つめる作者の視線は冷静だが優しい。第四章に登場する二組の家族の話は切ないが、エピローグで救いが感じられるようになっているから、気持ちよく本を閉じることができるのだ。

 

 また、里衣子と咲哉の喧嘩の原因のひとつとなったペンダントを始め、幾つかの小道具が話を横断して巧みに使われている。こうしたテクニカルな部分も、本書の読みどころになっているのだ。