『彼女が遺したミステリ』でスマッシュヒットを記録し、NHKでラジオドラマ化された伴田音さんの最新作がついに発売。「恋愛ミステリーの名手」が描くのは、記憶をなくした恋人とふたたび付き合うことができるのかという切ない謎。
 ラストにかけて驚きの真実が明らかにされ、読み終えたあとに表紙を見るとそのイラストの謎がわかるという新鮮な仕掛けも施されています。

 「小説推理」2026年3月号に掲載された書評家・あわいゆきさんのレビューで『君が失くした「恋」の相手』の読みどころをご紹介します。

 

君が失くした「恋」の相手

 

『君が失くした「恋」の相手』伴田音  /あわいゆき [評]

 

大切なひとと「会い」、「合う」ことによって築いていく唯一無二の関係性

 

 仕事やプライベートで初めて会った相手と、なかなか話が合わないときがある。逆に気が合うにもかかわらず、何らかの事情で会えない相手がいる。そう思うと、現実で親密な人間関係を結ぶのは難しい。この広い地球で会うことができた、その偶然を経たうえで、気が合わなければいけないのだから。「会う」と「合う」、2つの「あう」を達成できるのは、奇跡といってもいい。

 

 日比谷純の恋人、北條あゆみが山奥で発見されたのは、同棲をはじめて2年が経ったころ。純が会社の企画コンペのコンテを彼女に見せて、コンテ中に書かれている〈いま合いたい〉の「合う」は誤字だと指摘された、その翌日だった。純はあゆみのいる病院にすぐさま駆けつけるものの、あゆみは記憶を失っていると医師から告げられる。

 

 記憶を失ってしまった恋人が、もういちど自分を好きになることはあるのだろうか──ふたたび気が「合う」ことはできるのだろうか? 純は記憶を失ったあゆみとの交流を通して、ふたたび関係を築いていく。鍵となるのはあゆみが撮っていた、純と2人の思い出を記録した動画だ。純とあゆみは動画の場所を訪れて、当時のデートコースをなるべく再現することで、記憶を取り戻すための手掛かりを摑もうとする。

 

 ここで2人が頼る動画は、親密な関係を築いてきた記録といえるだろう。しかし、それだけではない。2人にとって動画とは、過去の自分と会うための手段でもあるのだ。そして2人は過去の自分たちがとった行動をなぞって、合うかどうかを確かめていく。それは会う/合うを通じて過去の自分を見つめなおし、親密な関係を結ぼうとする行為でもあるだろう。純はあゆみと関係を築いていくだけでなく、過去に囚われた自分とも向き合い、成長していくのだ。

 

 また、この物語は2人が会う/合うを達成していく記録でありつつ、なぜあゆみが記憶を失ったのかをめぐるミステリでもある。最後まで気が抜けない物語と、ぜひ出合ってほしい。