雨の日に乗った電車が土砂崩れによるトンネル事故で脱線。車内で励まし合って命をとりとめた二人は事故のトラウマに苦しむ中、被害者の会で運命的な再会を果たす。

 号泣必至のベストセラー『彼女が遺したミステリ』の著者による恋愛ミステリー小説! 2人を待ち受けるあまりにも切ない真実に涙が止まらない──。

「小説推理」2025年1月号に掲載された書評家・あわいゆきさんのレビューで『見えないままの、恋。』の読みどころをご紹介します。

 

見えないままの、恋。

 

■『見えないままの、恋。』伴田音  /あわいゆき [評]

 

悲惨な電車事故で出会った二人──傷を抱えたもの同士、惹かれあっていくが……事故の前と後での「変化」に気づいたとき、衝撃のラストが待ち受ける恋愛ミステリー。

 

 日常生活を営むなかで、思わず動揺してしまう出来事に遭遇した経験はあるだろうか? 動揺のあまり、本来の調子を崩してしまうひとも多いはずだ。日常のバランスを保っていくのは、皆が当たり前にこなせているように見えるだけで、実は難しい。

 それでは日常のバランスが大きく崩れてしまったとき、再びバランスをとっていくにはどうすればいいのだろう?

 伴田音さんの『見えないままの、恋。』の冒頭で待ち受けているのは土砂崩れによる電車の脱線事故だ。巻きこまれてしまった鈴鹿真結は、同じ電車に乗り合わせていた渡良瀬景とトンネルのなか、お互いの顔が見えない状態で励まし合う。3日弱が経って真結は救出されたが、骨にひびが入っていただけでなく、心の内側にも傷が残っていた。電車でどこに向かおうとしていたのか思い出せず、電車に乗ろうとするとフラッシュバックに苛まれるようになる。

 退院した真結は少しずつ日常に戻ろうとしていくが──そもそも日常のバランスを保つには、メンタルを崩さない取り組みが欠かせない。たとえば真結は生活するためにライター業をしながら、「やりたいこと」として依頼された肖像画を書く。私情と仕事を切り分ける。誰かと過ごす時間とひとりでいる時間の両方を持つ。そんな真結が日常を取り戻すために参加を決めたのは、事故被害者の自助グループだった。そこで景とも再会し、二人はおだやかに交流を深めていく。傷を抱えた多様なひとたちを描きながら、「傷の癒やし方は人それぞれ」なのだと、各々の「日常」を尊重する姿勢は誠実そのものだ。

 一方で、元の日常を取り戻すことにこだわりすぎてしまうと、つけられた傷を見落としてしまわないだろうか? 元の日常にはなかった「変化」は、事故の前後で確かに存在しているのだから。真結が見落としてしまっているものの謎に迫る、ミステリーとしての展開も描かれていく。

 傷は治っても、なかったことにはならない。だから「日常のバランスを保つ」とは、元の状態を取り戻して維持しようとする取り組みではなく、ときには変化をうけいれることで日常を健やかにしていく試みなのだろう。そして真結にとって最大の「変化」こそが、景との出会いだ。真結が景と出会って育む感情は、これまでになかった安寧をもたらす。そして明かされる謎に動揺しながら二人の恋愛劇を読み終えたとき、自分のなかに訪れた「変化」も、きっと大切にできるようになっているはずだ。