デビュー作で本屋大賞を受賞した『告白』を始め、ミステリーからヒューマンドラマまで幅広い作品を手がける人気作家・湊かなえ氏が新作『暁星あけぼし』を発表。本作は、Amazon オーディブルの「オーディオファースト作品」として書籍より2週間ほど早く配信された。朗読は著者自らが提案したという、人気声優・櫻井孝宏氏と早見沙織氏が担当した。

 

 この豪華タッグによる新作の発表を記念し、作品が誕生した背景や、それぞれの表現に込めた想いを語ってもらった。

 

取材・文=立花もも 撮影=干川修

 

 

前編はこちら

 

──前半では、手記のかたちで紐解かれる事件の真相が、後半では、とある作家の書いたフィクションとして語り直されていくという構成です。

 

早見:私のパートは〈この物語はフィクションである。〉という一文から始まるのですが、すべてを読み終え、その一文に戻ると、みなさん心が揺さぶられることと思います。実際、私はどのような音でその一文を表現すればいいのか、とても悩みました。

 

櫻井:湊さんが二つのパートを通じて描こうとしていたものを知ったうえで読むのと、何も知らないまま読むのとでは、向き合う姿勢がまるで変わってしまいますからね。

 

早見:そうなんです。現場ではもちろん、最初から順に収録していきましたが、最後まで録り終えたあとにその一文を聞かせていただけないか、そのうえで、録りなおすかどうかを決めたいというご相談をさせていただきました。結果、そのまま、最初に収録したものが採用されています。

 

櫻井:ああ、わかります。一回目には、一回目にしか生まれないものがあるんですよね。やりなおせば、もちろん「うまく」はなるけど、そうではない何かが最初の音には生まれている。

 

:一方で、櫻井さんの収録を拝見していたときに「今、気持ちがずれてしまったから、5行戻ります」とおっしゃって、撮り直していたことがありました。早見さんの朗読も、おっしゃるように余白があって、感情がダイレクトに伝わってくるというより、「きっとこういう気持ちなんじゃないか」と推し量ることができる響きがあって……朗読というのは、アニメやラジオドラマなどともまた違う、一つの芸術なのだなと改めて思い知りました。コントロールすることのできない感性だけでなく、長年の経験で蓄積された技巧も重ねて向き合ってくださるお二人はプロ中のプロなんだなあ、とも。

 

早見:いかにもセリフと聞こえるように読みたくはない、という想いはありました。というのも、私がこの小説を読んだとき、とくに「金星」パートからは、湊先生がどのような想いで創作にむきあっていらっしゃるのか、フィクションで表現できるものとはなにか、という根源的なエネルギーのようなものを感じました。小説とは、物語とは、ただ架空の出来事を描くだけのものではない。たくさんの人の想いからつらなる真実がそこかしこにちりばめられており、読む人、聴く人がそれぞれ共鳴するものがあるから、胸に響くのだろうなと。ですので、私が解釈を限定するような読み方をしてはいけないと思いました。

 

櫻井:きっと、この小説を読んだ多くの人が、自分がこれまで経験してきた痛みや、そこから逃れるため現実に目をつむってしまう弱さを突きつけられると思うんです。少なくとも、僕自身はそうでした。傷つきたくないから、なかったことにしてきた感情は、決して消えてしまったわけではないことを、思い知らされた。でも、同時に救われもしたんです。物語というのは、そのために存在するのだということが、多くの人に伝わってくれたら嬉しいですね。

 

:現実に悲惨な事件が起きたとき、人は真実を知りたがる。暁の書いた手記のような出来事を真実として提示されると、「やっぱり、そういうことか」と安心してしまう。そうして、自分自身から切り離してしまうんです。でも、本当はそうじゃない。一歩深く踏み込めば、暁がその道を選んでしまったような分岐点が私たちにもあったはずだし、誰もがいつでも落とし穴にハマる可能性がある。一つの事件を、ノンフィクションとフィクションの両面から語ることで、他人事だと思って引いてしまう境界線を溶かしてしまいたい、と思いました。

 

櫻井:溶けてしまったからこそ、読む前の自分には戻れない、というほどの衝撃を味わいました。

 

早見:私も、読み終えたときは魂が抜けたような、放心状態でした。

 

:うれしいです。その重みを、深さを、お二人の声で再現していただけたことが、何より幸せです。どうか、お二人の声に包まれながら、物語に浸っていただきたいと思います。

 

【あらすじ】
ただ、星を守りたかっただけ──。現役の文部科学大臣であり文壇の大御所作家が衆人環視の場で刺殺される事件が起きた。犯人は逮捕されたが、週刊誌で獄中手記を発表する。殺害の動機は母親が新興宗教にハマった末、家族を捨て多額の献金をしていたこと。大臣はこの新興宗教と深い関わりがあるため、凶行に及んだという。一方、大臣刺殺事件の現場に居合わせた作家は、この事件をもとに小説を執筆する。手記というノンフィクション、小説というフィクション、ふたつの物語が繋がった瞬間に見える景色とは!? 著者である湊かなえさんも「29作目にして一番好きな作品です」と断言し、本書を読んだ書店員さんたちからは「読みながら涙を流した本はいくつもありますが、読み終わってからも涙が止まらなかったのははじめて」「すぐに2回目を読まずにはいられませんでした」など絶賛の声を相次いでいる湊かなえの「新たなる代表作」。

 

・湊かなえさん
 ヘア&メイク/佐藤淳

・櫻井孝宏さん
 ヘア&メイク / 川口陽子

・早見沙織さん
 ヘア&メイク/樋笠加奈子
 スタイリスト/武久真理江

 

「湊かなえ双葉社オフィシャルサイト」では、櫻井孝宏さんによるあらすじ朗読や、書店店頭ポスターなどを公開中。ぜひご覧ください。
https://fr.futabasha.co.jp/special/minatokanae/