デビュー作で本屋大賞を受賞した『告白』を始め、ミステリーからヒューマンドラマまで幅広い作品を手がける人気作家・湊かなえ氏が新作『暁星』を発表。本作は、Amazon オーディブルの「オーディオファースト作品」として書籍より2週間ほど早く配信された。朗読は著者自らが提案したという、人気声優・櫻井孝宏氏と早見沙織氏が担当した。
この豪華タッグによる新作の発表を記念し、作品が誕生した背景や、それぞれの表現に込めた想いを語ってもらった。
取材・文=立花もも 撮影=干川修
──新興宗教団体に恨みをもつ男が、公衆の面前で、団体と関わりがあるとされる作家であり議員でもある男を刃物で殺害する。逮捕された永瀬暁という男の手記を中心とした前半「暁闇」のパートを、櫻井さんが朗読しています。
櫻井孝宏(以下=櫻井):『暁星』をはじめて読んだとき、ページと一緒に自分自身もめくられていくような感覚を味わったんです。展開が進むにつれて、作品への理解度が高まるとともに、自分でも気づいていなかった感情や世界に対するまなざしが紐解かれていくような……。
早見沙織(以下=早見):わかります。自分でも気づいていなかった、言語化できていなかったものの、確かに抱いていた感情や想いを暴かれ、内側から世界が広がっていくような心地がしました。
櫻井:そうなんです。ただおもしろいという言葉ではくくれない、自分の表現の幅を広げるきっかけとなる体験もさせていただきました。月並みですが、どうすればこんな小説を生み出すことができるのだろうと、気になって仕方がない。
湊かなえ(以下=湊):本格的に書きはじめたのは、2025年が明けてすぐだったのですが、それまでは、頭のなかに物語は確かに存在しているのに、どこから切り取ればいいのかわからずにいたんです。タンクはあるのに蛇口が見つからない、という感じ。宗教に人生を奪われた人のことを書きたい、という想いは一貫していたけれど、日本中を震撼させたあの事件に重ねて「ああ、あれね」と読者が距離をとるような読み心地にはしたくない。自分自身にも通じる物語なのだと思っていただけるためにはどうしたらいいのか、去年はずっと考えていました。
早見:なにか、糸口がみつかるきっかけがあったのでしょうか?
湊:去年の11月、「なにげに文士劇」と銘打って、西に住む作家が集まって東野圭吾さんの『放課後』を舞台上演したんです。その時の座長が黒川博行さん。奥様の雅子さんも参加されていて、当日の天気について話していたとき「私は雨女だけど、そのぶん、龍神様のご加護があると信じているんです」とお伝えしたんです。そうしたら「応龍って知っている?」と。
──作中で、宗教団体を象徴する存在としても描かれる〈四本足で鷹のような翼を持つ、東洋の神話に出てくる王に仕えた位の高い龍〉のことですね。
湊:雅子さんは日本画家で、舞妓や花魁の絵を描かれるために、着物の模様や日本の伝統的なモチーフについてお詳しいんです。興味を惹かれて調べてみたら、これは宗教の教義に通じるものになるなあ、と。本番当日には龍の図鑑を見せてくださるなど、多大なインスピレーションを与えてもらったので、今回の表紙はぜひ雅子さんに描いていただきたい、とお願いしました。
櫻井:ものすごい迫力ですよね。そうした、細部のリアリティもあるからこそ、読みながら他人事には思えなかったんだと思います。
早見:そのリアリティと、自分にもつながる物語であるというこの作品の深みを表現するため、できるだけ余白を感じられる朗読にできたら、と思っていました。私が担当したのは後半の「金星」パートになります。お読みになる方は、いったい、暁の手記がどこへ転がっていくのか、私が担当することになる語り手の女性は誰なのか、そのときがくるまで想像が難しいと思いますが……。
〈後編〉に続きます。
【あらすじ】
ただ、星を守りたかっただけ──。現役の文部科学大臣であり文壇の大御所作家が衆人環視の場で刺殺される事件が起きた。犯人は逮捕されたが、週刊誌で獄中手記を発表する。殺害の動機は母親が新興宗教にハマった末、家族を捨て多額の献金をしていたこと。大臣はこの新興宗教と深い関わりがあるため、凶行に及んだという。一方、大臣刺殺事件の現場に居合わせた作家は、この事件をもとに小説を執筆する。手記というノンフィクション、小説というフィクション、ふたつの物語が繋がった瞬間に見える景色とは!? 著者である湊かなえさんも「29作目にして一番好きな作品です」と断言し、本書を読んだ書店員さんたちからは「読みながら涙を流した本はいくつもありますが、読み終わってからも涙が止まらなかったのははじめて」「すぐに2回目を読まずにはいられませんでした」など絶賛の声を相次いでいる湊かなえの「新たなる代表作」。