コミックや映画、ドラマの影響もあり、近年、ますます注目を集める「競技かるた」。小倉百人一首かるたの札を用いて、二人の競技者が自陣の25枚をいかに早く取りきるかを競う頭脳スポーツです。
本作はスポーツ小説であるとともに、夫婦小説、母子小説の魅力もそなえています。執筆のきっかけや作品に込めた想いを伺いました。
取材=編集部 写真=小島愛子
趣味の大切さ、自分への問い
──競技かるたの試合の描写を、文章だけで表現するのはかなり難しかったと思うのですがいかがでしたか? 工夫したことなどあれば教えてください。
奥田:私も難航することを覚悟していましたが、ここは案外するっと楽しく書けました。ほぼ直感です。
──歌人の詠んだいにしえの世界と、現代に生きる希海の日常が、歌で鮮やかにリンクしたり、新たな解釈ができたりして新鮮でした。この点も『今を春べと』の大きな魅力だと思います。
奥田:私は子どもを産んでから百人一首に触れました。だからか、恋の歌って、子どもに対する思いとして読んだほうがしっくりくるな、みたいなことは初めから感じていました。序歌の解釈については書く前に思いついたのか、それとも書きながら考えたのかよく覚えていませんが、物語の核になってくれたのでよかったです。
──この物語に登場する歌で、奥田さんがいちばん好きな一首を挙げるとすれば?
奥田:〈あはれとも いふべきひとは おもほえで みのいたづらに なりぬべきかな〉です。百人一首には悲哀を詠ったものが多いですが、中でもこの歌が一番さびしそうで、自分がかるたを取る際も、〈あはれ〉の札が敵陣にあるときには迎えに行くつもりで強く意識します。自陣の定位置もずっと右下段です。
──実際にご自身もかるたを取り、また小説の題材にしたことで新たに気づいた競技かるたの魅力がありましたら教えてください。
奥田:よく言われますが、老若男女が共に楽しめる競技だということですね。小学生から五、六十代までごく自然に登場させられるスポーツ小説は、やはり多くはないと思います。練習会や大会に行くたびに感じますが、性別を問わず、さまざまな年齢層の人たちが一堂に会することで生まれる鮮やかさは、間違いなく競技かるたの魅力のひとつです。
──競技かるたの認知度を一気に広め、映画やドラマも人気を博した『ちはやふる』の漫画家、末次由紀さんからの推薦コメントが帯に掲載されていて目を引きます。
「札を払う一瞬に、千年の言葉と、日々の怒りと、やまない泣き声と、自分を取り戻す祈りがぜんぶ込められる。かるたを知る人なら、この物語に胸が騒ぐ。かるたを知らない人なら、ここから始めたくなる。末次由紀」
奥田:無理だろうと思っていたので、お引き受けいただいたときにはびっくりしました。かるたをフィクションで書こうとすればするほど『ちはやふる』の偉大さを痛感し、同時に、「『ちはやふる』がもうこの世にあるんだから読む必要がない」という小説にならないためにはどうすべきか、非常に考えさせられました。結果としてそれが、自分は母親である中年の初心者を書き切るんだ、という決意に繋がったような気がします。
──最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
奥田:誰しもが生活を回すことに精いっぱいで、趣味の大切さを巡る物語というのは、所詮は贅沢な話、きれいごとにすぎないのではないかという問いは、いまだに自分の中にあります。それでも趣味をさらに大切に思うきっかけに今作がなってくれたら、これほど嬉しいことはありません。そして、競技かるたに興味を持たれた方はぜひ始めてみてほしいです。かるた、楽しいです!
【あらすじ】
子どもと一緒に参加したかるた教室で、希海は初めてかるたの札を払う。空を切り裂くように飛んだ札。指先に満ちた新鮮なエネルギー……。その記憶が強く刻まれた希海だが、「もうすぐ40歳になる」「暗記力に自信がない」「子どもがいるから」など、気づけば自分に言い訳ばかりして、競技かるたを始めることにためらっていた。かたや夫は、仕事と趣味の優先順位をつけようとするのだった。果たして希海が選びとった道とは? 今、自分の〈好き〉を手放そうとしている人すべてに捧げる物語。『ちはやふる』漫画家、末次由紀さん推薦!