伊坂幸太郎デビュー25周年を記念する最新作『さよならジャバウォック』がついに発売された。2000年『オーデュボンの祈り』以降、数々の名作を生み出してきた伊坂氏が書き下ろしたのは、「夫殺し」から始まる長編ミステリー。
「ジャバウォック」という言葉から連想されるのは、ルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』だが、この世界は何かがおかしい。一体何が起きているのか? 冒頭からは全く想像のつかないラストに辿り着く本作の読みどころを「小説推理」2025年12月号に掲載された書評家・千街晶之さんのレビューでご紹介する。

■『さよならジャバウォック』伊坂幸太郎 /千街晶之 [評]
伊坂幸太郎デビュー25周年記念、SF的奇想とどんでん返しが炸裂する意欲的長篇
『オーデュボンの祈り』で第五回新潮ミステリー俱楽部賞を受賞してデビューしてから、気がつけば早くも25年。伊坂幸太郎のそんな記念すべき年を飾る最新作『さよならジャバウォック』は、実に摩訶不思議な展開の作品である。まるで一行目で引用されるルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』のように。
本書は「量子」と「斗真」という2つのパートが並行して進む構成だが、前者は、夫を殺害した佐藤量子の一人称の語りである。量子とその大学の後輩・桂凍朗の仲を邪推した夫が暴力を振るったため、反撃して死なせてしまったのだ。
この冒頭を読んで、量子を主人公とする倒叙ミステリになるのかと大半の読者が予想する筈だが、そこに当の桂凍朗が唐突に現れ、夫の死体を隠せばいいと言い出す。まるで東野圭吾の『容疑者Xの献身』を石神哲哉ではなく花岡靖子の側から描いたような展開になるわけだが、それにしてもこの時点で頭の中が「?」だらけになることは必至だ。どうして凍朗は都合良くその場に現れたのか? どうして彼は量子が夫を殺したことを知っても驚いた様子を見せないのか?
……といった具合に、どこか合理的世界観のネジがゆるんだ感じで話は進んでゆく。語り手の量子も含め、どの登場人物も信用できない。「量子」と「斗真」の両パートに共通して登場するのは、破魔矢と絵馬という冗談みたいな名前の男女だが、彼らの狙いも謎に包まれている。
ある種のSF的な奇想を軸として繰り広げられる物語だが、終盤にはサプライズが用意されており、本書に溢れ返る数々の違和感の正体がそこで明らかになる。複数のパートが並行して進む構成のミステリの種明かしには幾つかの既成パターンがあるけれども、著者は明らかにそれらを意識しつつ巧みに逆手に取っている。著者の作品系列の中でも、『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜の国のクーパー』『ホワイトラビット』などが好きなひとには特にお薦めの一冊だ。