伊坂幸太郎のデビュー25周年記念となる書き下ろし長編ミステリー『さよならジャバウォック』が刊行された。何かがおかしいこの世界。それは何か? 真相が明らかになった瞬間、驚きが炸裂する。『アヒルと鴨のコインロッカー』(2003年)や『ホワイトラビット』(2017年)に連なる、ホワットダニットが堪能できる伊坂ミステリーの新たな代表作だ。
取材・文=吉田大助
謎らしい謎がないんです。
何が起きているんだろう?”という状況だけがある
──本作は、何かが仕掛けられている、というシグナルが序盤からはっきりと出ています。読み進めながらいろいろな想像を巡らしていたんですが、最終的にまんまと驚かされました。「驚く」ってこんなにも衝撃的で面白い体験なんだ、と気付かされたんです。驚かせたい、というモチベーションは強かったのでしょうか?
伊坂幸太郎(以下=伊坂):強かったですね、今回は特に。愚直な一本背負い狙いなんですよ。ネタは基本的に一個しかないので、外れても一本、当たっても一本。意外とリスキーでもあります(笑)。
──このところ、ネタが多いミステリーが主流だなと感じていたんです。柔道の比喩でいうと、手数を増やして「技あり」や「有効」でポイントを稼いで、「合わせ技一本」を狙うという。
伊坂:そうなんですよね。驚いたり、面白かったりはするんですけど、合わせ技的なこぢんまりした印象のものも結構あるんですよね。あと、論理的に驚くことが多いんですよ。なるほどね、これ意外だね、みたいな。そうではなくて、「やられた!」となるような驚きを目指したかったんです。
──物語は、仙台市内に暮らす佐藤量子の語りで始まります。自宅マンションで夫に暴力を振るわれ、自衛のために反撃したところ殺してしまった。もうすぐ息子が幼稚園から帰ってくる……という状況で、2週間前に近所でばったり会った大学時代のサークルの後輩・桂凍朗が訪ねてきます。「問題が起きていますよね? 中に入れてください」と。あらすじとして公開されている情報はここまでです。
伊坂:奥さんが旦那さんを殺してしまい、どうしようとなっていたところへ誰かが助けに来て……という、サスペンスっぽい話です。それともう一つ、これは言っていいかなと思うんですが、別のパートが入ってきます。老ミュージシャンとマネージャーとの友情物語感もありつつ、絵馬と破魔矢という夫婦コンビが現れて、フィクションっぽいというか、僕っぽいお話がどんどん展開していく。こちらはサブ的なパートなんですけど。
──そのパートがあるからこそ、量子のパートのサスペンス度合いが高まるんですよね。そして、2つのパートはもちろん、のちにくっ付きます。
伊坂:「これ、ミステリーなの?」と思う人もいる気がするんです。そう思う理由も分かるんですよ。謎らしい謎がないんです。「ミステリー」的な骨格もしていないですし。“何が起きているんだろう?”という状況だけがあって、最後に驚きがあるんですよね。僕の作品の中では『アヒルと鴨のコインロッカー』と『ホワイトラビット』がミステリーとして評価されているんですが、今回の作品はその流れを汲むものとして書いたつもりです。
驚きそのものは物語の流れの中で
リアルタイムで提示したい
──“何が起きているんだろう?”という伊坂ミステリーの源流は、どこにあるのでしょうか? 伊坂さんは高校時代に島田荘司さんの「本格ミステリー宣言」を読んで、ミステリーを志したとよくおっしゃっていますが……。
伊坂:僕も島田さんが言うところの本格ミステリー、つまり「美しい謎と、その論理的解決」がやりたかったんです。今でもやれるものならやりたいんですけど、思い付かないんですよ、「美しい謎」が。僕が思い付かないだけではなくて、たぶん島田さん以外はほぼ誰も思い付いていないんじゃないか、という気がします(苦笑)。そこでどうするかというと、島田さんが「コード型」と呼ぶ、吹雪の山荘で密室殺人が起きて……という定型をみなさん採用することが多いんですよね。僕もコード型をやろうとしたんですが、ぜんぜんうまくできませんでした。定型をなぞることが、壊滅的に苦手だったんです。ただ、驚きは思い付くんですよ。落とし穴は作れるというか、反転部分は作れる。そのポイントに向かってのドラマは書けるんですよね。そうやって自分なりのミステリーの形を探っていったら、今の形になっていったんです。ミステリー的に言うなら、ホワットダニット(What done it?)なんですよね。
──伊坂ミステリーに共通する“何が起きているんだろう?”という感触は、たしかに、ホワットダニットです。
伊坂:美しい謎は作れないけれど、驚きを作ってそれをいかに効果的に表現するかに関しては、これまでずうっと考えてきたんですよね。「このことを驚くんだよ」ってことを、読者にどうプレゼンするかって結構難しいんですよ。そこの見せ方とか、ミスリードの仕方とかカモフラージュの仕方は、25年の経験が今回の作品には活きていると思います。あとはやっぱり、明かし方ですね。どうしても説明はしなくちゃいけないんですけど、ただ、物語の流れの中で、リアルタイムで「驚き」を提供したいという意識が強くて。そこはいつも結構、頑張っているつもりなんです(笑)。
──本書をいち早く読んだ綾辻行人さんが、コメントを発表しています。〈終盤のクライマックスに至って「この物語の正体」に気づかされたとき、文字どおり驚きの声を上げた。ここまでの驚きを味わうのは久しぶりだった。一瞬にして世界が変貌し、すべての疑問が氷解する。──これぞミステリーの(あえて「本格ミステリーの」とも云ってみよう)、最高の醍醐味である〉。綾辻さん的には「本格ミステリー」として満点、という評価ですね。
伊坂:これは綾辻さん自身の定義だと思うんです。驚きがあって、フェアプレーであるっていうことを重視されている。僕にとって島田さんはミステリー界の王様で、綾辻さんは本格ミステリー王国の第一王子、第一継承者という感じだったんですが、ついに第一王子に認めてもらった!みたいな気がして、嬉しいです。
──結末部のハッピーとサッドのバランスが独特で、そこにも伊坂作品らしさが炸裂していました。ラストのセリフのやり取りは、伊坂さんから読者へのメッセージに読めなくもないと思ったりしたんですが、いかがですか?
伊坂:そこはちょっと明言を避けたいんですけど(笑)、とにかくいろいろな面で全てを出し切った、25年間の集大成です。ぜひ読んで、驚いていただければと思います。