本土復帰を間近に控えた1972年の沖縄で、100万ドルを積んだ現金輸送車が襲われた。琉球警察は、日米両国の政府には事件を伏せたまま、秘密裏に捜査を開始する。本土復帰までの2週間強で、真栄田太一率いる特別対策班のメンバーが事件に臨むが……。
坂上泉氏による昭和史×タイムリミットサスペンス小説を原作としたドラマ「1972 渚の螢火」が、本日10月19日から放送・配信スタート。主人公の真栄田役を演じる高橋一生さんに、ドラマの見どころをうかがった。
文・取材=野本由起、写真=川しまゆうこ
感情が爆発した時にだけ出る「うちなーぐち」
──完成したドラマを拝見しましたが、真栄田は感情を表に出さず、耐え忍ぶ人物だと感じました。その一方で、一気に感情を爆発させるシーンもありましたね。
高橋一生(以下=高橋):主人公として最初に名前を連ねている者として言わせていただくと、真栄田は本当に感情がわかりづらい人間なんです。青木崇高さん演じる与那覇が「あいつは何を考えているかわからない」と言うように、掴みようがなくて。一瞬の感情の発露から逆算して感情を拾っていったので、それがどこまで伝わるか、常に意識していました。
主人公であれば黙っていても感情は伝わるはずですが、真栄田の感情の発露は周囲のキャラクターに任されています。与那覇や小林薫さん演じる上司の玉城泰栄さんはキャラクター性がしっかりしていて、真栄田のようにアイデンティティが揺らぐことはない。そういった皆さんとお芝居で対峙する中で、真栄田という人物を迷いなく演じることができました。
──感情が爆発した時にだけ「うちなーぐち(沖縄言葉)」が出るのも、とても印象的でした。
高橋:それに関しては、方言監修であり出演者でもあるベンビーさんとお話をさせていただき、「正確なうちなーぐちではなくしたいんです」とお願いしました。絵の具が混ざりあうようにいろんな感情が入り混ざってしまい、取り返しがきかなくなっている真栄田の不可逆な状態を、その瞬間に出てくる言葉でなんとか表現できないかと思ったんです。「標準語とうちなーぐちが混ざっている感じにしたいんです」とベンビーさんにニュアンスをお伝えして、指導していただきました。「このくらいだったら混ざっても大丈夫ですよね」「思いきりうちなーぐちを言ったようには聞こえませんよね」と、うまいことバランスを取りながら監修をしていただきました。
内燃している器官は同じでも、出力の仕方が違う
──先ほどからお話に出ている与那覇との関係性も、大きな見どころだと思います。与那覇を演じる青木崇高さんとの共演は、いかがでしたか?
高橋:与那覇と一緒のシーンはたくさんありますが、特に印象に残ってるのはトイレで再会した与那覇に「真栄田太一!」と呼ばれるところでしょうか。ふたりの過去が匂ってしまう始まりのシーンになった気がします。もしかしたら、高校時代はものすごく仲が良かったのかもしれないけれど、「あの時こう思っていた」と今さら説明するのも気恥ずかしい。そんなふたりの関係が想像できるような気がしました。
その後、泰栄さんに諭される与那覇の顔を見ていると、人って出力の違いでここまで誤解が広がってしまうんだな、悲しいことにズレていってしまうんだなと感じました。そこから、少しずつふたりのすり合わせが始まって、相棒になっていく。その流れは、どのシーンも僕にとって印象に残っています。
──青木さんのお芝居に対する印象は?
高橋:青木さんも僕も、俳優として内燃している器官は一緒ですが、出力の仕方が全然違いました。とても勉強になりましたし、役に対する向き合い方も尊敬できる方だと思いました。青木さんは、役へのぶつかっていき方がものすごいんです。僕もぶつかってはいるのですが、やり方が全然違います。青木さんは、ボコスカボコスカ体を当てながら役を掴んでいく。僕にはなかなかできないことをやっていますし、そうやって与那覇という人間を掴んで自分に落とし込んでいるんだと、一番間近で見ていて感じました。なかなかない出会いでしたし、ご一緒できて本当によかったです。
撮影が終わったあとも一緒に食事をしていましたし、撮影中はほぼ毎晩一緒にいましたね。でも、今回のお芝居の話はしなかったです。「あの作品の時、どうだった?」という話や、目の前で起きていることをずっと話していました。
──交流も深まったのではないでしょうか。
高橋:すごく深まりました。自宅に招いたりもしています。普段、あまりそういうことは少ないんですが、青木さんとはだいぶ仲良くなったかなと思います。素敵な出会いでした。

歴史的背景を描きながらも、想像の余白を残したドラマに
──完成したドラマを拝見しましたが、ニュース映像なども取り入れながら時代の空気を伝えていました。高橋さんは、ドラマをご覧になってどんな感想を抱きましたか?
高橋:しっかりドラマになっていたので、非常に安心しました。ドキュメンタリーになってしまうと、ドラマを作る意味がなくなってしまうと思っていたので。想像の余白を提示できたので、胸を撫でおろした次第です。
──インタビューの冒頭でも「娯楽作品にしたい」とお話されていましたが、その願いが達成された映像になっていたわけですね。
高橋:もっと虚構性を打ち出すなら、以前出演させていただいた映画『スパイの妻』のように、「当時もしかしたらこういうことがあったかもしれない。でも基本的には物語だから」という作品にもできたかもしれません。ただ、このドラマの場合、時代背景はしっかりと残っています。「これは史実とは違う」と言われてしまう懸念もありながら、クライムサスペンスにきちんと落とし込めているか、最初に台本を読んだ時から気にかけていました。平山監督ですから安心して現場に入れましたし、実際に出来上がったドラマを観ても、物語として楽しんでいただける想像の余白、観た人によって受け取るものがあると感じました。
──先ほどから平山監督への信頼を口にされています。撮影中は、監督とどのようなコミュニケーションを取りましたか?
高橋:僕は基本的に演技プランはなくて、「こういう風にやりたいと思っているんですが」だなんて、気恥ずかしいので話しません。結局のところ、俳優はまずお芝居で提示するしかないと思っているんです。平山さんは僕のお芝居を受け取った時に、「一生、それだと多分伝わらない」ということも言ってくださる方なので、芝居を通して安心して対話ができました。
──このドラマの原作は、坂上泉さんの小説『渚の螢火』です。原作を読み、どんなところに面白さを感じましたか?
高橋:原作は小説ですから、実際の人間が演じた時にどうなるのか、ドラマ化に際して坂上さんもいろいろとお考えになったと思います。ドラマの後半は原作とは異なる部分もあるので、その点についてどうお感じになったのか、坂上さんが沖縄にいらした時にお話をさせていただきました。ご本人も納得されていたので、その点は安心しました。
原作もドラマもいろいろな人間が登場し、それぞれが志や自分なりの意図をもって100万ドル強奪事件に関わっていきます。中には、ある行動を取らねばならず、それを隠して生きてきた人も。原作でもそれぞれの思惑の違いが描かれていますし、ドラマでは各キャストがその思いを芝居で表現しています。ぜひどちらも楽しんでいただきたいです。
「連続ドラマW 1972 渚の螢火」
10/19(日)放送・配信
毎週日曜午後10:00
※第1話無料放送(全5話)
出演:
高橋一生
青木崇高 城田優
清島千楓 嘉島陸 佐久本宝 広田亮平 MAAKIII 北香那 Jeffrey Rowe 藤木志ぃさー ベンガル
沢村一樹 小林薫
原作:坂上泉『渚の螢火』(双葉文庫刊)
監督:平山秀幸 脚本:常盤司郎 倉田健次 音楽:安川午朗
制作プロダクション:東北新社 製作著作:WOWOW