近年、野間児童文芸賞、河合隼雄物語賞、坪田譲治文学賞などを立て続けに受賞し、その実力が高く評価されているいとうみくさん。そんないとうさんがこのたび発表したのは、夜間保育園を舞台にした5編からなる連作短編集『蒼天のほし』。執筆の動機や各話に込めた想いなどを伺いました。

 

イメージしていた夜間保育園と現実の夜間保育園は違っていた

 

──本作は『天使のにもつ』(2019年童心社刊 2025年双葉文庫刊)の主人公である中学二年生の風汰が、「すずめ夜間保育園」の保育士となって登場しています。まず、この経緯を教えて下さい。

 

いとうみく(以下=いとう):『天使のにもつ』を書き終えてからも、風汰はどんな大人に成長しているかな、なんてことを考えることがときどきありました。そんなとき思い浮かぶ風汰は、しっかりとした意識の高い青年であったり、立派な大人ではなく、相変わらず少しいい加減なところもあって、いろいろ失敗なんかもして、やや頼りなさもありながら、でもまっすぐな心を持った若者という姿でした。

 

 風汰が保育士になった経緯は、ここでネタばれになりそうなので内緒ですが、中学生のとき保育園に職場体験へ行って、そこから保育士という仕事に興味を持った……というまっとうなものではないということだけお伝えします。なんていうんでしょう、人って夢や志をもってその仕事に携わっているというケースもあれば、なんとなくなりゆきでついた仕事だけれど、無意識のうちに自分の資質に合ったことに携わっているということもあると思うんです。風汰はまさにそれかなと思います。

 

──いとうさんは、かねてから夜間保育園に興味をお持ちだったそうですね。それはなぜでしょうか? 作家デビューされる前にライターとして全国の保育園を取材された経験があるそうですが、その影響もあるのでしょうか。

 

いとう:十五、六年くらいでしょうか、毎月全国の保育園をまわって、いろいろな保育現場や、保育士の仕事というものを取材させていただいていました。ひと口に保育園といっても、数百人規模の大きな園もあれば、二十人に満たないような小規模保育園もあったり。都会で駅前のビルの中にあるようなところもあれば、広い園舎に加えてひと山全部園庭です! というようなところもあります。お寺や教会が母体となっている園なども。保育方針にしても百園あれば百園がそれぞれ異なります。そんななかで、日中の保育以外にも学童保育を開いて卒園してからも親子を支えていたり、病児保育を開いていたり、なにか突発的なことがあったら園で宿泊できるようにと一部屋設けてあるという園もありました。本当に保育園というのは親子を支えてくれている場なんだなと感じました。

 

 それにわたしも息子が保育園にお世話になっていたこともあって、保育園にはとても感謝していますし、個人的にとても好きなんです。そんななかで、夜間保育園という存在は少し異質に……、といってもネガティブな意味ではないのですが、とにかくなんだろうという興味がありました。そんな感じで漠然と、夜間保育園を舞台にした物語を書いてみたいと思ったのが最初です。

 

──本作の執筆にあたり、夜間保育園を取材されたそうですが、実際に足を運んでみていかがでしたか?  印象に残っているシーンやエピソードがありましたら教えて下さい。

 

いとう:取材前にいろいろ調べていくうちに、いきなり大きくつまずきました。というのは、わたしがイメージしていた夜間保育園と現実にある夜間保育園は違っていたということです。本当に勝手な思い込みで恥ずかしいのですが、夜間保育園は、夜間にだけ開いている保育園だと思っていたのです。ところが実際は、日中の保育も行い、さらに夜間も行っているのが、夜間保育園だということです。もう一つは、夜間といっても、二十二時までが標準的な保育時間だということでした。もちろん、二十二時以降も延長保育を行っているところもありますが、とにかく数が少ないんです。さらに認可保育施設となると数えるほど。そんななかで取材をさせていただける園を探すのはとても難しいことで、担当編集者さんには大変ご尽力いただきました。

 

 なんとかお引き受けいただけたのは、夜間保育園といえばここ、といわれるくらい有名な福岡にある「どろんこ保育園」と、新宿歌舞伎町にある「たいよう保育園」でした。ちなみに、「どろんこ保育園」は認可保育園で、「たいよう保育園」は認可外のベビーホテルというくくりになります。規模も保育体制も異なりますが、どちらの園にも共通していることがありました。それは、いま困っている親子を支えようという想いです。夜間保育を運営する過程や様々なエピソードをお聞きして、これは下手に創作で書くのではなく、ノンフィクションとして書いたほうがいいのではないかと、ちょっと揺れました(笑)。とはいえ、『蒼天のほし』は完全なフィクションです。 

 

──夜間保育園で働いていた保育士の方や、利用していた保護者の方にもお話を聞いたそうですね。

 

いとう:はい、保育士のHさんには本当に具体的な、きっとHさんにとってはそんな当たり前のことをなんで聞くの? というようなお話をしつこくあれこれ伺いました。物語を書くにあたっては、実はこうしたあたりまえの動きであるとか、ことばがけであるとか、そういったものが重要なので、とてもありがたかったです。

 

 保護者のIさんはふたりのお子さんが夜間保育園でお世話になったそうです。園での楽しいエピソードから、お迎えのときのご苦労、そしてご自身の仕事についての葛藤など、深くお話しいただきました。もちろん、お聞きしたことをそのまま物語に、というわけではありません。お話を聞いてぐっと来たことほど、距離を置くことも必要だと思います。

 

(後編へつづく)