2025年の大河ドラマの主人公・蔦屋重三郎を知りたい人は、本書を手に取ろう
年が明け、2025年が始まった。特に新年早々、注目なのが、蔦屋重三郎(通称、蔦重)だ。なにしろ1月5日から放送が始まる、NHK大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公なのだから。
昨年の後半から蔦重や、その周辺の人々を扱った作品が、続々と出版されている。車浮代の『蔦重の教え』はそのひとつ、というわけではない。単行本で刊行されたのが2014年で、文庫化されたのは2021年だ。しかし大河ドラマで蔦重に興味を持った人に、ぜひとも本書を手に取って欲しい。ユニークなストーリーを通して、蔦重の大切な教えが読者に伝えられているからである。
本書の主人公は不運が重なり、退職を迫られている55歳のサラリーマン、武村竹男だ。自分では会社に大きく貢献し、部下たちにも慕われていると考えていたが、それほどでもなかったらしい。ヤケになった彼は、お稲荷さんに立小便をしながら、「あーあ、やり直してぇなあ!」と叫ぶ。
それがお稲荷さんの怒りを買ったのか。竹男は天明五年の江戸にタイムスリップ。しかもなぜか若返って、二十代半ばになっている。お歯黒ドブで気絶していた彼を助けたのは、地本問屋(出版社)の主の蔦屋重三郎であった。タケと呼ばれるようになった竹男は、蔦重の下で働くようになる。喜多川歌麿を始めとする、江戸の絵師や文人と触れ合いながら、竹男は蔦重の教えを吸収していくのだった。
現代人が過去にタイムスリップする。このようなアイデアを使った時代小説に、どのような効用があるのか。現代人の視点で、過去を語れることだ。見知らぬ社会や文化を、今の言葉と感覚で説明することができる。だから時代小説を読み慣れていない人でも、すんなりと物語の世界に入っていけるのである。
そして読者は、次々と現れる江戸の有名人を楽しみながら、竹男と一緒になって、蔦重の教えを知ることになる。「知恵ってもんはよ、『あがり』に行くためだけじゃなく、騙されて『ふりだし』に戻らねえためにも絞るもんなんだよ」「好きだから、得意だからできて当然だと思ってなめてると、足元をすくわれて痛い目を見ることンなるんだ」など、名言が次々と飛び出してくる。ここが本書の最大の読みどころだろう。
さらに吉原で起きた騒動で、現代の道具が役立つ展開の妙。現代に戻った竹男が知る意外な事実と、蔦重の教えを糧にした新たな人生の選択など、ストーリーも魅力に溢れている。読んでよし、役立ててよしの、お得な一冊なのだ。
なお本書の巻末ページには、作中の蔦重の教えが抜粋されている。すぐに参照できるのは、ありがたいことだ。顧客の求めるものを見極め、痒いところに手が届くサービスを提供する。この本そのものが“蔦重の教え”を実践しているのである。