2025年大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公・蔦屋重三郎。通称・蔦重のもとで働いた唯一の現代人が本作の主人公だ。彼が今度はフランス育ちの孫のジェラールを伴い、江戸時代へ。以前は蔦重から様々な教えを受けたが、今度は逆に、敬愛する蔦重にどうしても聞き入れてもらいたい、ある「切実な願い」があった──。

 江戸の町へタイムスリップした主人公が、売り出し中の歌麿、北斎らと交流し、はたまた写楽誕生の現場にも立ち会う、痛快エンタメ書き下ろし長編!

「小説推理」2025年3月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『蔦重の矜持』の読みどころをご紹介します。

 

蔦重の矜持

 

■『蔦重の矜持』車浮代  /細谷正充 [評]

 

かつて江戸時代にタイムスリップして、蔦屋重三郎の世話になった武村竹男。今度は孫と共に、江戸に行く。『蔦重の教え』の続篇は、予測不能な物語だ。

 

 車浮代の『蔦重の教え』は、面白い作品だった。主人公は55歳のサラリーマンの武村竹男。不運が重なり退職を迫られた彼は、ヤケになってお稲荷さんに立小便をしながら、「あーあ、やり直してぇなあ!」と叫んだ。そのバチが当たったのだろうか。天明五年の江戸にタイムスリップ。しかもなぜか若返り、20代半ばになっていた。地本問屋(出版社)の主の蔦重こと蔦屋重三郎に救われた竹男は、タケと呼ばれて、蔦重の下で働く。そして蔦重の教えを、吸収していくのだった。

 というのが『蔦重の教え』の粗筋だ。本書は、それから20年の歳月を経た2034年。江戸から帰還した竹男はフランスに移住し、和食のビストロ・チェーンを経営し成功していた。娘とフランス人の間に生まれた孫も二人いる。そんな竹男が孫のジェラール(ジエイ)を連れて、日本に行った。目的は再び江戸にタイムスリップすること。予定とは違った形でタイムスリップは成功したが、着いたのは火事の最中の吉原だ。そこで旧知の喜多川歌麿を助けた竹男は、ようやく蔦重と再会するのであった。

 前作では蔦重の教えによって成長した竹男だが、今ではもう世の中を熟知した老人である。蔦重を始めとする人々の人生を知る彼は、ある切実な願いがあって、再び江戸にやってきたのだ。しかし一方で、竹男の願いが歴史を改変する可能性もある。竹男・G・蔦重の三人で、タイムパラドックスやパラレルワールドについて話し合うシーンは、まるでSFのようだ。自分たちのタイムスリップそのものが、正史を創っているのではないかと竹男が思うのも、実にSF的である。

 そして、かつての竹男の成長物語を担当するのは孫のGかと思ったら、その要素は薄い。なぜGを登場させたのかと疑問に思っていたら、終盤でとんでもない事実が明らかになる。まさかそんな話になるなんてと絶句。作者の発想は自由自在である。

 さらに歌麿たちの創作への想いが明らかになるなど、歴史小説好きを唸らせるエピソードも多い。江戸時代の様々な事に対する説明も簡潔にして明快。大河ドラマ『べらぼう ~蔦重栄華乃夢噺~』鑑賞の副読本にしたいほどだ。

 しかも蔦重の教えは、本書でも健在。「理屈にあぐらをかいて、学ぶ気がない奴は叱らねえよ」などの箴言が、次々に飛び出すのだ。面白くって為になる、痛快エンターテインメントなのである。