病気でこの世を去った彼女が遺したのは「ミステリ」だった……。日常に潜んでいる謎をひとつひとつ解いていくと、そこには亡き彼女が最後に伝えたかった想いがあふれ出す……。「大切な人を想うということ」について深く考えさせられる恋愛ミステリ。

「小説推理」2024年3月号に掲載された書評家・あわいゆきさんのレビューで『彼女が遺したミステリ』の読みどころをご紹介します。

 

彼女が遺したミステリ

 

彼女が遺したミステリ

 

■『彼女が遺したミステリ』伴田音  /あわいゆき [評]

 

亡き婚約者が最期に遺したのは「ミステリ」だった──。謎を解いていくうちに明かされる彼女の想い。たしかな愛と信頼に裏付けられた「謎」の数々。新鋭が綴る至高の恋愛ミステリー。

 

「日常の謎」と聞いて、つい心躍らせてしまうひと、いませんか? 日常に潜むふとした謎を解明していくこのジャンルは、現代でも根強い人気を誇っています。ただ、日常生活を営むなかで実際に日常の謎を見つけるのは、至難の業でしょう。

 だとすれば、日常のなかにあらかじめ謎を隠してしまえばいい? でも、日常のなかに意図的に謎を張り巡らせることは──はたして可能なのでしょうか?

 伴田音さんの『彼女が遺したミステリ』では、家に引きこもっていた桐山博人のもとに届いた一通の手紙が、色あせた彼の日常に再び色を灯します。送り主は病気で亡くなった婚約者、保坂一花。一花は立ち直れていない博人の現状を見透かして叱咤激励しつつ、とある場所にメッセージを隠したと、遺してあった「謎」の存在を明かすのです。

 博人は謎を解いていくうち、引きこもっていた家から出て、外の世界へと導かれていきます。そして謎を解いた先で見つける別の謎……メッセージにつながる細い糸は、二人が過ごしてきた日常と関係するものでした。博人は一花との思い出を頼りに、その細い糸を手繰り寄せていきます。

 ただ、博人が失意に沈んでいた時間は、1年と4か月、13日。仮に「謎」を解いて手がかりがあるはずの場所に向かっても、一花の仕込んだものがまだ残っているとは思えません。なんせ多くの人が行き交う家の外、なにかの拍子に細い糸がぷつんと切れてしまう可能性は高いでしょう。

 では、一花はどのようにして博人をメッセージまで導くのか──。一花はいざ博人が訪れたとき次に進めるよう、事前にとあることをしていました。そして博人は一花のおかげで、謎を見失うことなくメッセージの隠し場所を探せるのです。その行動は解けるかもわからない謎を絶対に解いてくれるはずだと、博人を想う確かな愛と信頼に裏付けされています。

 だからこそ博人は行く先々で、一花の遺したメッセージまでつないでくれる、多くの温かさに触れていきます。そしてメッセージの真相に辿り着いたときには、自分の殻にこもってしまっていた博人の心にも、誰かを想う愛が灯るようになっているのです。

 彼女が遺したのはミステリだけではありません。ミステリを信じて支える、かけがえのない愛も遺しています。大がかりな「日常の謎」のなかに、日常に潜む愛が詰まっている一冊です。