食べたことのない人はいないだろう。子供から大人までみんなが大好きな国民的グルメ。本場・中国にはなかった「焼餃子」はどうやって生まれて、戦後どう広まったのか。その謎が本作で明らかになる。究極の餃子を探究する人々を描いた熱々のグルメ冒険小説。
2020年に刊行され、斬新なグルメ小説として話題を呼んだ『焼餃子』を改題・加筆修正して文庫化。
「小説推理」2020年12月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『皿の上のジャンボリー(上)・(下)』の読みどころをご紹介します。
■『皿の上のジャンボリー(上)・(下)』蜂須賀敬明 /大矢博子 [評]
身も心も満腹満足間違いなし。戦中の大陸と戦後の東京を舞台に「餃子」が結ぶ縁を描く前代未聞・前人未到の大河小説がここに爆誕!
いやはや、まさか『焼餃子』なんていう素っ頓狂なタイトルの本がこんな波乱万丈な怒濤の大河小説だとは!
いきなり何やら要人暗殺を企てたらしい軍人がその密命に失敗するという、タイトルに似合わない場面から物語が始まる。その軍人の名は検見軍蔵。胸を撃たれ瀕死の状態だった彼は上官に見捨てられ、海に流される。
死んだか、と思ったところでなぜか彼のそばに謎の女性が現れ、熱い食べ物を口移しに与えてきた。初めて感じる旨味に衝撃を受ける軍蔵。これは何なのか。流れ着いた釜山で「それは餃子ではないか」と教えられ、そこから軍蔵の「究極の餃子」を探す旅が始まることになる。
第一部は戦時下の大陸横断餃子ロードノベルだ。餃子に類する食べ物がどんどん出てくる。朝鮮のマンドゥ、中国の水餃子。満洲の実力者の屋敷には芸術品のような海老餃子があり、内モンゴルでは羊肉を使った汁気たっぷりのボーズがあり、サワークリームで食べるソビエトの餃子・ペリメニまで登場する。もちろん戦時中なので各地で危機に遭うのだが、軍蔵は「究極の餃子への道を阻む者は、誰であろうとブチのめす」というカッコいいんだか悪いんだかわからない信念で突き進むのだ。わはは、何だこれ。
だが、笑いながら、ふと気づく。どの国のどの民族のものであっても先入観なしに興味を持ち、喜び、教えを乞い、感謝し、餃子で人と人をつないでいく軍蔵。モンゴル人と酒を酌み交わし、中国の女性を愛し、朝鮮の女性を守り、日本人と未来を語る。戦時下なのに敵も味方もないそのつながりの、なんと尊いことか。
ところが第二部でがらりと話が変わったからさらに驚いた。第二部は終戦後の東京で、しかも軍蔵とは別の人物が餃子の店を始めるのである。第一部で仕込まれた幾つかの筋が絡み合い、新たな人物が登場し、意外な人物が意外な形で現れ、物語はまったく予想だにしない方向に転がっていく。500ページを超える長さなのに途中でやめることができない。先が気になってぐいぐいページをめくり、これ以上ないくらいの満足感で本を閉じた。
餃子という料理をモチーフに、これほどまでに空間と時間を縦横無尽に駆け抜けるエンターテインメントが生まれるとは! これは戦争小説であり、友情小説であり、家族小説であり、企業小説であり、そして感動的な「人のつながり」の物語である。ああ、もう紙幅がない。この面白さと美味しさをもっと語らせろ!