夫、妻、兄弟、子供――大切な家族を失い途方に暮れたことは、ある程度の歳月を生きてきた人なら誰しもが経験したことがあるはず。そんな人たちに寄り添う小説集が発売された。著者は「小説に哀しみに暮れる人を救うことはできない。ただ、寄り添うことはできる」と語る伊集院静。『哀しみに寄り添う 伊集院静傑作短編集』の刊行を記念して短編小説の名手が「哀しみとの付き合い方」を語る。

取材/文=大谷道子

 

──新刊『哀しみに寄り添う 伊集院静傑作短編集』は、1989年のデビュー短編集『三年坂』から2000年代前半までに刊行された短編集から抽出された6作品が収められています。作家としての活動初期には短編小説を数多く発表され、92年の直木賞受賞時には選考委員の山口瞳氏から「短篇の名手の誕生を小説好きの読者とともに喜びたい」との選評が寄せられました。

 

伊集院静(以下=伊集院):山口さんは褒め方がお上手なんですよ(笑)。私が小説を書き始めた頃、文壇には短編の名手と呼ばれる方が多かった。『拳銃と十五の短篇』や『短篇集モザイク』を書かれた三浦哲郎さんとかね。ほとんどの作家が短編から出発されたんじゃないでしょうか。

 私にとっては、短編小説も長編小説も、とにかく物語を書き上げなきゃならないという使命感の方が強くて、どちらがどう楽しいというものではないけれども、短編では、できれば毎回、こういう世界も書けるんだ、こういう表現もできるんだと自分で発見できるようなものが書けたらいいなと思っていました。たとえば、木を書くのに、小さいナタでスパンと幹を切ってその面を見せるのも短編の書き方だし、少し寄って、小さな葉っぱの1枚1枚を描くように書くのもいい……そんなふうに考えています。

 

──『哀しみに寄り添う』のタイトル通り、収録された作品には、人生の途上で経験する喪失や挫折、後悔といったさまざまな哀しみに向き合う人の姿が描かれています。

 

伊集院:今回の作品集を編んだのは雑誌で長く私の担当をしていた編集者ですが、なかなかよいものを選んでくれたと思います。幸せな情景というのは、どれも似たり寄ったりでしょう? 鼻先に皺を寄せて誰かと笑いあったり、頷きあったり……。でも哀しみは、それぞれすべてが違う状況であり、違う風景と表情を持っている。だから、作家としてはいろいろと考えなくてはならない題材だったのだと思います。

 

──もっとも多く書かれているのが、肉親や愛する人の死や喪失の哀しみ。「夕空晴れて」では夫を亡くした女性と野球好きの息子の日常が、「くらげ」では行方不明になった兄を思い続ける妹の思いが、「えくぼ」では夫に続いて息子と孫を不慮の事故で喪った女性の彷徨う心模様が軸となり物語が展開します。

 

伊集院:肉親や家族との別離は、誰もが経験することですからね。大きな災害や事件を題材に哀しみを書くことは、私はあまり好きじゃないんです。たとえば、東日本大震災のときは数々の悲しい別れがありましたが、出来事としては知っていてもごく一部の人しか事実を知らないような哀しみというのは、小説の題材にはなりにくい。それよりは、読んだ人が「ああ、これは私の人生にも現実に起こりそうだ」ということが、僕にとっての短編小説の普遍性……短編の「大きさ」と呼ぶべきものにつながっていくような気がします。

 

──短編小説の着想は、どんなところから得るのですか? 

 

伊集院:絵画のように印象的な場面や、記憶の中の景色からイメージを膨らませることが多いです。「川宿」は以前、新小岩の辺りを訪ねたときに眺めた風景がもとになっています。あの頃、川沿いに、鰻や鮎、夏には岩魚なんかを食べさせる宿があったんですね。主人公の男は鍛冶屋ですが、小学生の頃、通学路の途中にあった鍛冶屋の仕事場を見るのが好きだったことが影響しているんでしょう。

 小説を書いた場所も、わりに覚えているものです。「春のうららの」を書いたのは、今はもうなくなった神楽坂の和風旅館の一室。階段を上がって行った先の、六畳間の掘り炬燵のある部屋でした。風情のあるところでしたが、小説を書き上げるまでここを出ないように、と編集者に言われたことも忘れられません(笑)。

「えくぼ」では鹿児島県の出水市が登場しますが、そこは冬にひまわりが咲くことで有名な土地。その様子を新聞で読んだことから、舞台にしてみようと思いつきました。そういえば、「えくぼ」には元メジャーリーガーの松井秀喜氏がチラリと姿を見せますが、松井選手の頬にえくぼを見つけたことも、この物語のきっかけのひとつなんですよ。「へぇ、猛スピードで投げるピッチャーたちに勇ましく立ち向かう男の頬に、えくぼがあるのか」と。

 

〈後編〉に続きます。

 

【あらすじ】
夫を亡くした由美は、哀しみのなか、息子の茂を育てていた。野球少年の茂を通して、亡き夫の想い、そして息子の成長を知るーー(「夕空晴れて」)。失踪した親友の妹・公子を訪ねた是水は、いまだ兄の行方を追う公子と話すうち、若き日に事故で亡くなった大切な弟のことを思い起こす(「くらげ」)。「大人の流儀」シリーズの著者にして、短編小説の名手が描く、6つの物語。哀しみを抱えている人に、そっと寄り添い、少しずつでも前に歩き出せるよう、背中を押してくれる。そんな物語が詰まった珠玉の短編集。

 

伊集院静(いじゅういん・しずか)プロフィール
1950年、山口県防府市出身。立教大学文学部を卒業後、81年に「皐月」で文壇デビュー。91年には『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞を受賞。翌92年には『受け月』で第107回直木賞を受賞する。その後も、『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞、『ノボさん 小説正岡子規と夏目漱石』で第18回司馬遼太郎賞を受賞している。16年には紫綬褒章を受章。近著に『ミチクサ先生』『旅行鞄のガラクタ』『君のいた時間 大人の流儀Special』などがある。