「人は絶望したとき何を心の支えに立ち上がるのか」をテーマに、30年近く市井の人々に取材を続けてきた上原隆さん。丹念な取材を経て綴られた上原さんの「ノンフィクション・コラム」は、多くの読者の支えとなり、愛されてきました。かくいう私(担当編集者)も学生時代に上原さんの本と出会って以来、人生の折々で読み返し救われてきた一人です。この魅力をもっとたくさんの人に知ってほしい! という思いを込め、『ひそかに胸にやどる悔いあり』の刊行記念著者インタビューをお送りします。

 

■自分が失職し、最底辺に落ちたとき、どんな暮らしが待っているのか

 

──本作『ひそかに胸にやどる悔いあり』(単行本『こころ傷んでたえがたき日に』2018年・幻冬舎刊)をもってノンフィクション・コラムを引退されたとのこと。ファンとしてはとても残念ですが、過去のインタビューで「取材モノは大変なんですよ」とお話ししていましたよね。上原さんのノンフィクション・コラムはどのようにして生み出されるのか、その過程を教えていただけますか?

 

上原隆(以下=上原):「取材モノは大変なんですよ」なんて言ったんですね。ちょっと愚痴を言ってみたかったのかな。本当はどんな仕事も大変ですよね。

 作業の過程についてですが、ざっと流れを言うと、1.人を探す。2.会って話をきく。3.会話を文字に起こす。4.再びその人と会い、一緒に行動する。5.その様子を文字にする。6.会話と行動の文章を前に置いて、主題と構成を考えて書く。7.原稿をご本人に読んでもらい、意見をきく。8.原稿を完成させる。ということになります。

 一番大切にしてるし、大変なのは6の主題と構成を考えるところです。いろいろ書いてきた経験から、ここで「感情の真実」に行き当たることが良い文章になるかならないかの分かれ目だと思ってます。

 たとえば、「僕のお守り」(本書)の神社さんの場合、会話を読み直した時、病に罹った時の痛みとか、難病と知らされた時の絶望とか、長い治療の苦しみとか……様々な感情が私に迫ってきました。1日、2日、じーっと会話の文章を見てました。そうすると、いくつもの感情の下の方、彼自身の深いところに「母親への感謝の気持ち」が横たわっているなって気づいたんです。ここに「感情の真実」があると思ったら、書けると思いました。湖面にはいくつものさざ波が立っているでしょう、そこを飽きずに眺めていると水中深くに大きな岩があるのが見えてくるって感じかな。

 

──作業の中で上原さんが一番しんどいな、つらいなと思うことはなんですか?

 

上原:つらいことですか? うーん。人を見つけることですかね。たぶん、私は人見知りする方だと思うんです。だから、人に声をかけたり、話をきいたりする前に、「エイッ」って感じで自分を奮い立たせてます。これがけっこう私にはつらかったかな……。じゃ、なんでこういうことを仕事に選んだのって話ですけれど……。

 

──上原さんのコラムを読んでいると、ふいに、取材対象者に突っ込んだ質問をされるのでドキッとすることがあります。痛いところを突くと言いますか。相手が隠したがっていそうな部分をほぼ初対面の状態で話してもらうのは難しくないですか?

 

上原:痛いところをつくというか、どうしても私が納得したくてきいてるんですね。私の中に卑俗な奴がいて上品ぶってないできけって言うんです。たいがいの場合、相手の方は人間ができていて怒らずに(内心はわかりませんが)、正直に答えてくれます。それも意外な興味深い答えを。

 たとえば、「彼と彼女と私」で、私は「いまや、彼の小説は世界中で読まれ、ノーベル文学賞候補にまでなってます。そのことと自分を較べてどんな感じをもちますか」なんてきいてますね。私のなかの卑俗な奴は妬みに苦しんでるだろうっていうんです。でも答えは違いました。本文を読んでいただくとなるほどと思われるでしょう。

 

──心をひらいて本音を話してもらうために気をつけていたことはありますか?

 

上原:心をひらいてもらう方法ですね。一貫して私は何も知らないって感じでいます。実際、ものごとを知らないのですが……。そうすると相手の方のほうが上に立つっていうか、教えてやろうって感じになるんです。水が上から下に流れるように、話が流れ出してきます。

 

──上原さんのコラムには印象深いエピソードがたくさんあるのですが、本作では特に、初めての彼女に別れを告げてしまった男性書店員に自分を重ねて頭を抱えながら読みました(「未練」)。

 

上原:「未練」の彼に、女性のあなたが自分を重ねたって本当ですか? あの話の中で、彼女の気持ちがわからなくなって苦しくて「別れよう」ってメールしちゃうじゃない。たぶん、失恋経験のある多くの男性がわかるって感じると思うんだけれど、女性でも共感するんですね。

 

──彼女と対話をしてわかりあおうとすればよいのに、彼は突然一人で結論を出してしまいます。相手の気持ちは無関係なんですよね。自分のために白黒つけたいだけで。その未熟な自己完結にとても共感してしまったんです……。上原さんは、今回の19編のコラムの中で最も印象深い人はどなたですか?

 

上原:どの人も印象深いけど、この人は私そのものだと思って書いたのは「恋し川さんの川柳」。恋し川さんはひとり暮らしで川柳だけが生きがい。私もひとり暮らしで文章を書くことだけが生きがいですからね。

 

──恋し川さんはユーモアがあって、コラム全体に不思議な明るさがありますよね。ほかに取材中にわすれられないエピソードがありましたら教えてください。

 

上原:わすれられないエピソードは「娘は二十一のまま」で、小林賢二さんと彼のマンションへ行く途中で「コーヒーでも飲みましょう」と言われたこと。マンションは近いしわざわざ喫茶店に入らなくてもと思っていたら、彼にはマンションに行く前に私に言っておきたいことがあったんです。あの時の言葉がここで扱った出来事のもっとも重要なことで、ズシンときました。読んでいただくと、その言葉の重さがわかっていただけるはずです。

 

──90年代の上原さんのコラムにはバブル崩壊後の不況ゆえにリストラに遭った人が度々登場します。00年代、10年代とで、人々の暮らしも変わってきたと思います。上原さんがこれまで200人以上の人にインタビューをされてきて、実感した時代の変化はありましたか?

 

上原:最初からずーっとある私の関心事は、自分が失職し、最底辺に落ちたとき、どんな暮らしが待っているのかということでした。だから、ホームレスの取材は何度もしています。90年代はみんな汚れていて臭いがきつかった。それが10年代の「炊き出し」で出会った人々は服装がきれいになっているし臭いもきつくない。炊き出しに並ぶ人々が増えたし、ホームレス生活がごく普通のことになってきたような感じです。

 また、リストラ、離婚、うつ病とか人々が陥る困難を描いてきましたが、2016年に書いた「生きる理由が見当たらない」(『晴れた日にかなしみの一つ』に所収)の岩瀬哲夫さんに出会ったとき、リストラとか離婚といった他人との関係の中で起こることに較べて、自分ひとりの内面で起こる絶望に、──それは自己責任を内面化した人だからだけれど──それまでにない闇の深さを感じました。

 

──岩瀬さんは「なぜ働くのかがわからない」「積極的に生きる理由が見当たらない」と悩む40代男性でしたね。人間関係は煩わしいけれど誰かに話をきいてほしくて上原さんにメールを送ってきたという。コロナ禍で人との距離ができ、岩瀬さんのような孤独を抱える人は増えていると思います。もし今もう一度、上原さんがノンフィクション・コラムを書くとしたらどんな人に取材をしたいですか?

 

上原:編集者のあなたは時代の変化に敏感だと思いますが、年寄りの私はかなり鈍くなってるのがわかります。電車で隣に座っている人の苦悩が自分にもあるなとビビビと感じられないと書けないですよね。いまそう思ったのですが、ノンフィクション・コラムを書かない理由にそれがあるかもしれません。答えになってないかもしれませんね。すみません。

 

──最後に、読者へのメッセージがありましたらお願します。

 

上原:このインタビューのきっかけとなった『ひそかに胸にやどる悔いあり』を、まだお読みになってなければ、ぜひ、読んでみてください。この本にある「恋し川さんの川柳」のように、何かひとつ自分を支えるものがあると、少しは生きやすくなるのではないかと思ってます。

 また、もし、こういう分野の仕事をしてみたいと思う方がいたとしたら、構成の妙を味わっていただけたら作者としては本望です。

 このインタビューを読んでいただき、ありがとうございました。

 

【あらすじ】
好きで堪らない彼女に別れを告げてしまった男性書店員の「未練」。ギャンブルですべてを失い“看板”として道端に立つ男のささやかな見栄「街のサンドイッチマン」。妻が産んだのは他人の子ども。それでも父親になりたかった夫の告白「ああ、なんてみじめな」。留学の二日前に愛娘を殺害された両親が語る在りし日の姿「娘は二十一のまま」。消えぬ後悔を胸に、それでも人は今を生きている。市井の人々の声に耳を傾け、リアルな姿を描き続ける著者の傑作ノンフィクション・コラム19編。(『こころ傷んでたえがたき日に』を改題して文庫化)

 

上原隆(ウエハラ・タカシ)プロフィール
1949年、神奈川県横浜市生まれ。立命館大学文学部哲学科卒。エッセイスト、コラムニスト。記録映画制作会社勤務のかたわら、雑誌「思想の科学」の編集委員として執筆活動をはじめる。その後、市井の人々を丹念に取材し、生き方をつづったコラム・ノンフィクション『友がみな我よりえらく見える日は』がベストセラーとなる。他の著書に思想エッセイ『「普通の人」の哲学』『上野千鶴子なんかこわくない』『君たちはどう生きるのかの哲学』、ノンフィクション・コラム『晴れた日にかなしみの一つ』『喜びは悲しみのあとに』『雨にぬれても』『胸の中にて鳴る音あり』『にじんだ星をかぞえて』『こころが折れそうになったとき』などがある。