住野よるの第9作、『腹を割ったら血が出るだけさ』は、これまでの住野作品とは異色の読み心地だ。

 心を鷲づかみされるような登場人物の魅力はそのままに、「偽りの自分」と「本当の自分」について、過去最大人数ともなる登場人物の数だけ、それぞれの考え方が存在し、時に激しく衝突し、時に知らないうちに影響を及ぼし合う。

 生きていく上でわたしたちは何人もの他者と出会うが、誰かと人生が交差するときの痛みと喜びの両方が、この作品に詰め込まれている。

 もう一度「小説を好きになるために」書いたというこの物語の中で、住野よるがどんなことを思い抱いていたのか、より深く話を聞いた。

 

■自分を演じてしまう人は、自分や誰かのためにかっこつけられる能力を持った人

 

──『腹を割ったら血が出るだけさ』を読んでいて、さまざまな点での「新しさ」を感じました。その一つは、住野作品史上で最多の登場人物。視点人物が次々と変わっていく群像劇の形式で物語は進みますが、執筆中、これだけの人数に感情移入をしながら書く苦労などはありましたか。

 

住野よる(以下=住野):感情移入をするという点では、普段からメイン以外の登場人物に対しても、この世界のどこかで生きている存在だという意識を持っているので苦労はしませんでした。むしろ、ひとつの場面において登場人物全員に見ているもの聴いているものがあるにもかかわらず、そのうちの誰か一人が知覚しているものに限定して物語を進めなければならないことに時間がかかりました。

 

──たしかに群像劇という描き方だと、同じ場面に4人がいたら、4人のうち誰の視点で書くのかという選択肢があります。その取捨選択は、どのようにして決めるんでしょうか。

 

住野:特別な方法はなく、一つの場面を様々な視点のシーンとしていくつも想像し、ひたすら比べながら書き進めました。

 

──主人公の女子高生・糸林茜寧の人物造形も新鮮でした。優れた容姿と頭脳を持ち、素敵な恋人や友達に囲まれる……など、住野さんの作品の中でもトップクラスの“リア充”なキャラクターだと感じます。彼女は、血の滲むような努力で表の自分を演じ続けるという息苦しさを抱えていますが、そんな茜寧を今作で描いてみていかがでしたか。

 

住野:最初は茜寧を自分とはまるで違う存在として書き始めました。それこそ、容姿端麗で誰とでも仲良く出来る能力を持っていて年上達には可愛がられて……、なんて人間の気持ちは本当のところで自分には分からないのかもしれないと考えていました。しかし書いていくうちに、誰かに嫌われたくない自分が大嫌いで、見つかりたくないのに見つけてほしくて、そんな揺れ動く茜寧が、登場人物達の中でも生粋に自分と重なっていきました。

 

──茜寧に限らず、私達も日常生活やSNS上において、ついつい自分をよく見せてしまうことがあるかと思います。「自分を演じること」について、住野さんはどのように考えますか。

 

住野:生きている上で自分をよく見せようとする茜寧や、他の誰かを嘘つきだとか悪いやつだとは思いません。自分のため、誰かのために、かっこつけられる能力を持った人だと思います。

 

(後編)周囲からの評価ではなく、自身の感性に従って決めようと思った──に続きます。

 

【あらすじ】
高校生の茜寧は、友達や恋人に囲まれ充実した日々を送っている。しかしそれは、「愛されたい」という感情に縛られ、偽りの自分を演じ続けるという苦しい毎日だった。ある日、茜寧は愛読する小説の登場人物、〈あい〉にそっくりな人と街で出逢い──。いくつもの人生が交差して響き合う、極上の青春群像劇。

『腹を割ったら血が出るだけさ』試し読み
https://colorful.futabanet.jp/articles/-/1515

 

住野よる(すみの・よる)プロフィール
高校時代より執筆活動を開始。2015年『君の膵臓をたべたい』でデビュー。同作で2016年「本屋大賞」第2位、Yahoo!検索大賞“小説部門賞”など、数多くの賞を受賞した。著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『この気持ちもいつか忘れる』、「麦本三歩の好きなもの」シリーズなど。ライブハウスと書店が好き。