「このミステリーがすごい!」大賞でデビューした作家であり出身地の福岡市で弁護士としても活動する田村和大氏。新刊『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』では、現役の弁護士だからこそ描ける「2つの親殺し」をテーマに「家族の闇」をリアルに描き切っている。

「小説推理」2022年4月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと書籍の帯で、『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』の読みどころをご紹介する。

 

正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子

 

正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子

 

■『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』田村和大  /細谷正充:評

 

気鋭のミステリー作家にして、現役弁護士の田村和大が、本領を発揮した。ヤメ検弁護士・一坊寺陽子が、16年前に決着した事件の闇に踏み込んでいく。

 

 警察小説『筋読み』で、第16回「このミステリーがすごい!」大賞の優秀賞を受賞してデビューした田村和大が、いよいよ本領を発揮した。2021年の『消えた依頼人』、そして最新刊となる本書が、弁護士を主人公にしたリーガル・ミステリーなのだ。ご存じの人もいると思うが、作者は現役の弁護士でもある。だから自分の領域を舞台にした作品といっていい。本領を発揮したと書いた所以は、ここにある。

 検察官を辞め、郷里の福岡で法律事務所を開いてから12年。いわゆるヤメ検弁護士の一坊寺陽子は、司法研修所で同期だった桐生弁護士から、ふたつの依頼を受ける。ひとつは、桐生が懲戒請求を受けた事件だ。懲戒請求書の理由の欄には、「桐生晴仁が佐灯昇を殺した」と書かれていた。どうやら16年前に、引き籠りだった昇が両親を殺した件が関係しているらしい。桐生は昇の従兄弟であり、弁護を担当。一方の陽子は、検事として公判を担当していた。

 もうひとつの依頼は、17歳の少女が自分を虐待していた父親を殺した事件だ。桐生が担当しているが、懲戒請求の件でどうなるか分からないので、弁護を共同受諾してほしいというのである。桐生のペースに巻き込まれ、これを引き受けた陽子だが、事態は予想外の方向に転がっていく。

 現在の事件の真相は、早い段階で判明する。物語のメインは16年前の殺人事件だ。しかし後半になって、現在の事件が、思いもよらぬ形で活用される。陽子の過去も同様だ。登場人物にしろエピソードにしろ、本書には無駄がない。練りに練ったストーリーが楽しめるのである。

 しかも、リーダビリティが抜群だ。桐生の不可解な態度や、事務所に仕掛けられた盗聴器などで、読者の興味を強く惹きながら、陽子の調査を丹念に綴っていく。情報をくれた埼玉県警のOBを雇い、関係者を当たるうちに、意外な事実が次々と露わになる。桐生が陽子に依頼した理由など、適度にサプライズを入れながら、二段構えの大きな驚きまで導く手際が素晴らしい。

 ところで弁護士としては有能な陽子だが、私生活ではヒモ同然の市川史郎と、10年以上も同棲生活をしている。なんというダメンズ好きと思ったが、読み進めるうちに、単純にそういえない彼女の心が見えてくる。主人公のキャラクターの立て方も達者なものだ。だから、つい苦笑してしまうラストの後、陽子がどうするのか知りたい。それも含めて、シリーズ化希望である。

 

〈著者インタビュー〉
現役弁護士作家が直言!「親殺し」「子殺し」が多発している本当の理由。『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』田村和大 【インタビュー前編】

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