『このミステリーがすごい!』大賞でデビューした作家であり出身地の福岡市で弁護士としても活動する田村和大氏。今作で扱われているテーマは「親殺し」と「相続」。なぜ、これらを取り上げたのか。日本社会で現実に起こっていることを、田村氏が弁護士として関係した事件を含めて語ってくれた。

 

■インタビュー【前編】〈現役弁護士作家が直言!「親殺し」「子殺し」が多発している本当の理由。〉はこちら

 

弁護士が財産を横領するケースも!? 高齢者を狙う「任意後見」の闇

 

──新刊では「相続」問題もテーマとして取り上げています。世間的にも週刊誌を中心に「相続」を扱う雑誌、新聞なども多いですが、相続をめぐるトラブルでは、どんな相談が弁護士には寄せられますか?

田村和大(以下=田村):それはもう、いろいろですね。相続というのは基本的に財産をどう分けるか、つまりカネの取り合いに帰着するわけですが、そこに積年の恨みつらみが絡む。この恨みつらみには、「妹は幼小のころから(被相続人に)贔屓されていた」とか、「兄だけ私立大学に行かせてもらった」とか、こういったものも入ってきます。それを特別受益といった法律用語に置き換えて争うので、決着まで2、3年かかるというのはザラです。

──雑誌や新聞などの特集を読んでいると「遺言書」をしっかり作っておけば安心、という言説も目にしますが。

田村:財産を適正に評価し、特別受益や遺留分なども考えてしっかり作成すれば、そうかもしれません。

 ただ、被相続人が完璧な遺言書を作ったつもりでも、相続人に不満を持つ者がいれば紛争になることもあります。というのも、相続人全員が同意すれば遺言書と異なる遺産分割も有効とされているので、それを狙って争いを起こす者もいるからです。相手が根負けするまで粘って、自分に有利な遺産分割に持ち込もうとする。

──遺言書があっても安心、とは一概にいえないわけですね。それ以外で、相続人が気をつけたほうがいい点などありましたら教えてください。

田村:最近では、死因贈与契約の活用もよく言われていますので、遺言書のほかに死因贈与契約がないか注意したほうがいいですね。死因贈与契約は、例えば、「同居して死ぬまで面倒を見てくれれば何々を贈与する」といった負担付贈与を行うことができます。都合のいい条件を付けて財産を相続人や第三者に贈ることができるので、遺産を残す側にとって使い勝手がいいわけです。死因贈与された財産は遺言書に載っていないことがあり、これに気付かず相続分を計算してしまうと、死因贈与契約を知らない相続人の取り分が大きく減ってしまうことがあります。

──作品では主人公に調査を依頼する同期弁護士・桐生晴仁の幼少時の未成年後見人だった叔母が実の息子に殺されるという事件が扱われます。まず、未成年後見人の制度について教えていただけますか。

田村:未成年後見人は民法838条以下に定められた制度で、未成年者に親権者がいないときに、未成年者に代わってその財産管理や法律行為を行う者を家庭裁判所が選ぶ制度です。

──作品では後見人が未成年である晴仁とその兄である一志の資産を管理していましたが、未成年以外でも後見人を付けることができるのですか?

田村:はい。認知症や精神障害などで財産管理や法律行為などを適切に行うことができないとき、成年であっても後見人を付けられます。この場合、親族などの請求で家庭裁判所が後見人を選任する方法のほか、本人が予め後見人候補者と契約を結んでおいて将来後見人になってもらう任意後見という方法もあります。

──「後見人の横領」を新聞などで目にすることもあります。

田村:弁護士にとって耳の痛い話題です。家庭裁判所から選任される場合、親族が後見人となるケースと、弁護士や社会福祉士などの専門職の人が後見人となるケースがあります。そして、後見人には財産管理や売買契約などの法律行為が任される。その権限を利用して、被後見人の財産を自分のものにしたり、費消したりする事件が後を断ちません。しかも専門職の後見人が横領する事件も少なくなくて。最近も、未成年後見人の弁護士が勝手に預金を引き出し遊興費に使ったとして、大阪府警に逮捕されています。

──「後見人の横領」については新刊『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』でも形は違えど触れていますね。本作を書くきっかけもそのあたりにあったのでしょうか。

田村:個別の事案というより、何が罪となり、何が償いとなるのか、という疑問がきっかけです。

 もともと、人はなぜ罪を犯すのか、ということに関心があるんです。刑事裁判では動機がとても重視され、動機なき犯罪というのは基本的に受け容れられません。量刑の重要な一要素となっているため、検察官も弁護人も、何らかの理由をつけて犯罪の原因を説明しようとします。このインタビューでも、私は「介護疲れ」「育児疲れ」という言葉を使用しました。

 しかし本当のところ、私はそんな言葉を信用できないのです。信用できないというか、それが理由になるとは思えない。例えば、カネと性欲は犯罪の二大原因といわれますが、カネが欲しい人全員が罪を犯すわけではない。必要条件かもしれませんが十分条件ではないことは明らかです。

 そもそも「罪」の意味からして多義的です。罪刑法定主義にいう罪は、法律に書いてある。それでも身を守るための暴力が罪にならないことは、正当防衛とか違法性阻却とかの用語を知らなくても直感的に分かることです。ならば、法律に書いてあっても、あるいは書いてなくても、どの段階から罪となるのか。そして、罪を犯した人間が償うには、どのような方法があるのか。

 そんなことを考えながら、本作の構想を練りました。

──「なぜ罪の犯すのか」という疑問、とても考えさせられます。では、本作の一番の読みどころは著者としてはどのあたりだとお考えですか。

田村:主人公が、事の真相に気付く場面です。世間、そして主人公を欺いた兄弟は許されるのか。普通は怒ったり、憤ったり、嘆いたりする場面です。それなのに主人公は微笑み、一種の爽快ささえ感じる。彼女の正義がどこにあるのか、象徴する場面だと考えています。

──ありがとうございます。最後に読者に向けてメッセージをお願いできますか。

田村:本作の登場人物は、皆、多かれ少なかれ罪を犯しています。そして彼らは彼らなりに罪を償い、あるいは正当化しようとしています。

さて、誰の罪まであなたは許せるでしょうか。あなたの正義は、どこにありますか?