「ヤクザの子どもである過去は消せない。ならば、ヤクザそのものを潰せばいい」──ヤクザである父を持つ二人の少年は、過酷すぎる10代を過ごし、それぞれにヤクザへの復讐を誓う。ひとりは猛勉強の末、東大へ進み検察官になり、暴力団取り締まりの最前線へ。そしてもうひとりは……。現役弁護士作家が描くヤクザ小説の新境地です。

「小説推理」2024年9月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『修羅の国の子供たち』の読みどころをご紹介します。

 

修羅の国の子供たち

 

■『修羅の国の子供たち』田村和大  /細谷正充 [評]

 

ヤクザの親から虐待されていた二人の少年。一人は検察官になり、一人はヤクザになった。彼らが目指すものは何か。情念のノワールが、ここに誕生した。

 

 ゆっくりと、だが確実に、田村和大は自己の世界を拡大している。NHKの報道記者を経て弁護士になった作者は、2017年、第16回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を警察小説『筋読み』で獲得し、作家デビューを果たした。以後、幾つかの警察小説を出した後、『消えた依頼人』『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』で、リーガル・ミステリーに乗り出す。そして本作で、ノワールの世界に挑んだのである。このようなチャレンジ精神に富んだ作家の姿勢が嬉しい。しかも肝心の物語が、実に読みごたえがあるのだ。

 昭和62年、小学3年生の曰佐正範は、父親でヤクザの種雄から、虐待される日々をおくっていた。わずかな慰めは、同級生の友達に、シャブ中の父親を持つ蒲田寅と、母親が男をとっかえひっかえしている仁科加代がいることだ。しかし小学5年生のとき、寅の父親が、とんでもない事件を引き起こす。ひょんなことから拳銃を手にした寅は、加代を狙っていた男を撃ち殺した。そのことに気づいた正範は凶器の拳銃を隠蔽。また、何者かに種雄が殺されるという事件も発生し、三人の道は分かたれる。

 その後、正範は母方の祖父母の養子になり、七田姓を名乗る。東大を卒業し、検察官となった。一方、寅は、殺人を目撃したヤクザの函南隆次の子分になり、敵対するヤクザ者を始末していく。しかし二人の絆は強く、共にヤクザを撲滅しようとするのだった。

 かつて東大に通うため、函南から金銭の援助を受けていた正範は清廉潔白ではない。寅の方は、いうまでもないだろう。それでもヤクザを憎悪する二人は、J県で長年にわたり抗争を続ける2大指定暴力団を壊滅させるべく、己の手を汚しながら、真っすぐに目的に向かっていく。目を背けたくなる暴力描写も少なからずあるが、二人のマドンナである加代も含めて、彼らがどうなるか気になり、読み進めずにはいられない。まさに人間の憎悪と絆を活写した、情念のノワールなのだ。

 さらに最初の方から挟み込まれる、現代の法廷場面の面白さは、現役の弁護士ならではのものである。また、種雄殺しの真相や、正範の東大時代の奇妙な盗難事件など、ミステリーの部分もよく出来ている。特に盗難事件は、そこだけ取り出して短篇にしてもいいほど面白い。大きな和大、いや、話題になってしかるべき、今年のミステリー界の収穫なのである。