『自画像』『人間タワー』『君たちは今が世界すべて』『翼の翼』など、子どもを取りまく世界を数多く描いてきた朝比奈あすかさん。『翼の翼』では、中学受験に過熱してゆく家族の姿を描き、大きく注目されました。

 その朝比奈さんの最新作『ななみの海』は、児童養護施設で暮らす高校生の女の子、ななみを主人公とした物語。将来、医者を目指す少女が、部活の仲間、施設の子どもや大人たちとの交流を経て、本当に自分が進むべき道を見いだす青春小説です。

 刊行に際し、帯に推薦コメントを寄せてくださったアフターケア相談所ゆずりは(※)の所長・高橋亜美さんとの対談が実現。本書執筆のきっかけや、社会的養護を受ける子どもたちの背景についてなど語っていただきました。

出会ってきたすべての子どもたちと過ごした時間が、あたたかく蘇ってくる一冊でした。
「生きてきてくれたから出会えたよ。ありがとう」

アフターケア相談所 ゆずりは所長 高橋亜美氏推薦!

※アフターケア相談所 ゆずりは……児童養護施設等を退所した子どもたちの相談所

 

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子どものポテンシャルを開花させるのも封印するのも、大人しだい

 

──『ななみの海』では、施設にいる落ちこぼれ気味の中学生の唯真が、勉強に達成感を覚えるシーンが印象的です。

朝比奈:中学受験する家庭を描いた『翼の翼』という小説を昨年刊行したのですが、子どもの学習機会や何かを得ていくことには、周りの大人の影響がとても大きいと感じていました。『翼の翼』の主人公・翼は学びの機会をシャワーのように浴びせられます。反対に、『ななみの海』の唯真は学習の機会を与えられず、「できない子」って決めつけられて。だから、勉強しようと大人が声をかけても、「無理」「俺はバカだから」って自分で自分を決めつけるようになってる。でも、ななみが根気よく手を差し伸べると少しずつ数学の才能を発揮してゆくんですね。

──自立援助ホームで高橋さんは職員として働いていましたが、子どもの学びについてどう思われましたか?

高橋:自立援助ホームでは、高校に進学していないか中退している子が多かったです。そこでは、働きながら生活するのが前提でしたが、「親や家族を頼れない子どもたちだからこそ、学ぶ選択肢も!」と高卒認定の資格をとるサポートも始めました。でも子どもたちは、「勉強が嫌いだ」「オレ馬鹿だから」と言うんです。それまで家庭で、「今日どうやって生きていこう」「殴られないようにするにはどうしよう」などと考えてきてて、勉強どころじゃなかった。いつも緊張して怯え、家は安心して暮らせる場所じゃなかった。そんな生活をしてきた子たちは、学校でも安心して過ごせなくなっていく。

朝比奈:そうなんですね。私は『ななみの海』を書きながら、もし周りの大人が小さい頃の唯真を違う形で導いていたら、どんな中学生の今があったんだろうと想像してました。

高橋:私は学ぶことが嫌いな人なんていないと思っています。自分がどんなことに興味があるのかも、安心な環境でこそ見つけられる。今、ゆずりはでも高卒認定の資格を取る学習会をやってて、30代、40代の人も、「こんな年齢で恥ずかしい」とか言いながら来てくれます。「勉強したいって思えた時が始まりでいいじゃん!」って伝えてます。中卒、高校中退のままじゃなく、この資格が取れたっていうことが、一つ自分のお守りや自信になっているのを見ると、学びはすごく大事だなって。

朝比奈:やればできるよって声をかけてあげる人の存在が必要だったんでしょうね、ずっと。期待してくれたり、信じたりしてくれる人が身近にいるかどうかって、子どもにとって本当に大きい事なんだろうなと思います。

高橋:自分の学歴に自信がないと、就職で学歴不問ってなってても、中卒、高校中退の子はやっぱり行けないんですよね。自分が就ける仕事はこれだけ、って決めつけてしまう。学ぶことに臆病になっている相談してくれたひとたちに、「高卒認定、絶対受かっちゃうから騙されたと思って受けてみてよ」って伝えています。

朝比奈:なら、ちょっとやってみよう、みたいな? 

高橋:そうそう。そんな話をすると、相談してくれたひとたちは、えーって言いながらも勉強し始めてくれるんですよね。そうやって、受かったー! って一緒に喜べるのがとてもうれしい。

──その学習会で、指導するのはどういった方なんですか?

高橋:近くにある学芸大の学生がアルバイトで教えに来てくれてます。

朝比奈:ちゃんと有償なんですね。

高橋:無償にしちゃうと文句言えないから(笑)。学習会を始めた時に、ある有名大学の教授だった人が「可哀想な子たちを助けてあげたいから」って来てくれたんですが、「かけ算できないの? 勉強してこなかったのか?」みたいなことを言って。勉強してきた子たちを教えるのはとても上手な先生だったかもしれないけど、〈勉強できない〉じゃなくて、〈勉強してこられなかった〉ってことを大事にしてほしかった。寄り添ってほしかった。
 その先生に辞めていただいたあと、チョウ君という韓国人の学生が来てくれました。そうしたら、年齢に関係なくどの相談者も「先生先生!」って慕っていました。学びたい人たちに教えるっていう、ただそれだけのことを当たり前にできるひとでした。

朝比奈:なんでチョウ君は、そんなふうに寄り添えたんでしょうね。

高橋:人を尊重することが自然にできるひとだったのかも。大学卒業するまで、ずっと教えてくれて。

朝比奈:導き方次第で、子どもは心の在りようも変わっていく。一人の人間として子どもを尊重し、対等に接する大人が増えてくれば、世の中も変わってくるかもしれませんね。

 

第3回親を許せないと思う気持ちと、求める気持ちに続きます。

 

朝比奈あすか(あさひな・あすか)
1976年東京都生まれ。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。その他の著書に『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『さよなら獣』『人間タワー』『君たちは今が世界』『翼の翼』など多数。作品は中高受験問題に多く採用されている。

 

高橋亜美(たかはし・あみ)
1973年生まれ。日本社会事業大学児童福祉学部卒業。社会福祉法人子供の家が運営する自立援助ホーム「あすなろ荘」の職員として9年間勤務後、同法人が立ち上げた児童養護施設や自立援助ホームを退所した人たちを対象とした無料のアフターケア相談所ゆずりは所長に就任。20年2月にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、その活動が紹介される。

 

著者・朝比奈あすかさんのインタビューはこちらから
子どもから「税金泥棒」と言われる子ども。大人として、その間違いを正せるか? 朝比奈あすか『ななみの海』