これまで、社会的背景をモチーフとした小説を多く発表してきた作家・朝比奈あすかさん。なかでも、現代に生きる子どもたちの姿を様々な角度から見つめた作品は高い評価を得ている。

 スクールセクハラに果敢に切り込んだ『自画像』(15年刊 双葉社)、小学校運動会の組体操の是非を問う『人間タワー』(17年刊 文藝春秋)、小6の教室内の空気を繊細に掬い取った『君たちは今が世界すべて』(19年刊 KADOKAWA)、中学受験に過熱する家庭を描いた『翼の翼』(21年刊 光文社)など、いずれも多くの読者の支持を集めた。中学や高校の受験問題に作品が採用されることも多い。

 その朝比奈さんの最新作『ななみの海』が刊行された。中学時代から児童養護施設で暮らす女子高生、ななみの成長を描いた長編小説だ。

 なぜ今、このような物語を書いたのか? 執筆のきっかけや、作品に込めた想いを聞いた。

 

どんな親でもその子にとっては親だから

 

──児童養護施設を物語の舞台に選んだきっかけは?

 新連載のテーマを決める話しあいをしていた時期に、千葉県野田市の小学4年生の女の子が虐待死した事件(2019年1月)が報じられていました。編集者と小説の話をするはずが、その話題になったとたん、2人とも言葉が出ないって感じになってしまって……。その時、編集者が、「虐待死の報道があるたび、亡くなった子どもたちが天国で集まって遊んでいる姿を思い浮かべてしまう」と言ったんです。その言葉が私の心に残り、その頃から、虐待も含め、いろいろな事情から保護された子どもたちが集まる児童養護施設について書かれた本を読むようになりました。児童養護施設の職員の言葉が記されている本も読み、保護されてきた子どもたちと日々接している方々にお話を聞いてみたいと思うようになりました。知りたいと思ったのが、執筆のきっかけになったと思います。

──執筆にあたり、施設を取材されたそうですが、特に印象に残ったことはありましたか?

 3つの施設を見学させていただきました。食堂や体育館や勉強に集まる部屋などの空間から、子どもたちの生活スペースまで。目にしたものは全て印象的でしたが、でもやっぱり一番は、言葉でしょうか。お話をさせていただいて、皆さんの何気ない話の中から、私には見えていなかったことが沢山あったと気づかされたというか。

 たとえば、子どもに虐待をした親についてですが、報道でその詳細を知るたびに私は、こんな人は親になる資格がないと憤っていました。施設の方々にその気持ちを伝えたところ、どの施設の職員さんも、親を否定しなかったんです。「どんな親でもその子にとっては親だから……」と。「頑張ろうとしている親もいる。その頑張りを認めてくれる人が誰もいなかったらどうなるだろう?」とおっしゃる方もいましたし、「親もケアされることが必要な場合がある」と、具体的なことを話してくださった方もいました。

 私にはできない見方でしたし、たくさんの親子を間近で見ている職員の方々の言葉は重く、印象に残りました。

 

自分の生き方を自分で決めて歩き出す高校生の成長を描きたかった

 

──塾をさぼりがちな施設の子が、他の子どもから「税金泥棒」と言われます。子どもが子どもに言う言葉として、とてもショックでした。

 ショックですよね。けれどもこの話は創作ではなく、施設の方から聞いた実話なのです。施設で暮らす中学生が、実際に同級生から「税金泥棒」と言われたそうです。

 おそらく、言った中学生は誰かの受け売りでしょうが、子どもが子どもに「税金泥棒」という言葉を投げたという事実は、今の社会を映し出している気がしました。子どもの社会は大人のそれの映し鏡のようなものだと思います。そこには、大人たちの短絡的なものの考え方や、差別につながる偏見をネットなどを通じて声高に言える状態があります。そうやって使われた強い言葉が、現実の社会の中で、より弱者へと刃物のように鋭く向かってゆく感じがしました。

 唯一の救いは、同級生からそう言われたという話を、その子が職員にできたことです。職員の方はその子の話をよく聞いて、その言葉は間違っているという話をされたそうです。そこにある信頼関係にほっとしました。その方に聞いた話をヒントに、小説の中ではわたしなりに膨らまして、その子がかけられた『税金泥棒』という言葉が絶対的に間違いである理由を考えながら書きました。

──ななみは大学の医学部進学を目指し、猛勉強しています。そして高3の夏に、ある決意をします。物語の山場とも言えますね。

 どういう決意をしたのかはぜひ小説を読んでもらいたいのですが、私たちの生き方のようなものについても考えながら書きました。

 というのも、『ななみの海』を連載していた時期に、『翼の翼』という中学受験の小説も書いていて、まったく生育環境の違う子どもたちが出てくるのです。『翼の翼』の主人公である翼は、とにかく日本で一番東大合格者数の多い難関中学を目指そうと親から望まれ、それにこたえようと頑張る小学生です。週に何日も塾に通い、たくさんの模試を受ける生活ですが、どういう大人になりたいのか、どういう人生を歩きたいのか……小学生の翼がどこまで考えているのか、彼の心の中を親は見ようとしません。

 一方、『ななみの海』のななみも、「施設出身でも馬鹿にされないように」という祖母からの言葉を胸に医者を目指し、猛勉強の日々ですが、17歳の彼女は、どういう大人になりたいのか、どういう人生を歩きたいのかを考える力を得ていきます。自分の生き方を自分で決めて歩き出す彼女の成長を描きたいと思いました。

 

後編どんな大人になりたいのか、それを友人に伝えることでに続く

 

朝比奈あすか (あさひな・あすか)
1976年東京都生まれ。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。その他の著書に『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『さよなら獣』『人間タワー』『君たちは今が世界すべて』『翼の翼』など多数。作品は中高受験問題に多く採用されている。