最後まで読んで良かった!

 いや、書評を書くのだから最後まで読むのは当たり前なのだが、途中で辛い未来が予想できてしまうため、祈るような気持ちでページをめくっていたのである。だがこの展開は予想と違っていた。

 主人公は守生光星(もりおこうせい)。サックスプレイヤーだがステージを持つ店が潰れ、今はインチキのゴールドストーンを作って糊口を凌ぎ、河原で練習を続ける毎日だ。

 実は彼には重い過去があった。中学生の頃、父親が近所に住む少女を誘拐し、身代金を要求したのである。父は逃走中に車に撥ねられ死亡。少女は助け出され、守生は誘拐犯の息子として施設に引き取られた。

 二十九歳になった今でも、目立たず、欲を持たず、流されるままに生きるのが習慣になっていた守生。そんなある日、守生は十四歳の少女、紫織と出会う。モデルガンで撃たれた鳩を助けたのをきっかけに、紫織は守生の部屋にちょくちょく遊びにくるくらい親しくなった。ところが、なんと紫織は、父の誘拐事件の被害者の娘だったのだ。もちろん、紫織本人はそれを知る由もない──。

 守生と紫織は、あくまで「歳の離れた親しい友人」だ。けれど少しずつ、周囲が誤解するであろう伏線がちりばめられる。二十九歳と中学生。嫌な予感しかしない。そしてある事件が起き、明確にふたりは「誤解」されるのだ。読んでて辛かったのは、ここだ。だが、そこからの守生の行動には驚いた。ああ、そう来たか、とため息が出た。

 父が犯した罪を被害者の娘を通して贖う、贖罪の物語という捉え方もできる。心と心が結びついた、珠玉の恋愛という捉え方もできる。けれど私はふたりの関係に、ふたりの行動に、守生の決断に、贖罪とか恋とかというわかりやすい名前をつけて分類したくない。

 これは「誰かを大切に思う」ということを描いているのだ。ふたりだけではない。守生の友人たち然り、紫織の祖父しかり。自分の利益ではなく誰かの気持ちや人生を優先させて考えることの、なんと気高いことか。自分を律し、人を信じることの、なんと尊いことか。

 誰かを大切に思える人だから、他の人も彼を大切に思ってくれるのだというのが、じんわり伝わってくる。そうやってできた人のつながりの温もりが、物語に満ちている。

 確かに、恋愛小説ではあるだろう。だがそれよりももっと大きな何かを、私は本書に感じた。