二〇一七年に刊行された、浮穴みみの『鳳凰の船』は、素晴らしい作品だった。明治初期から後期までの函館を舞台にした五作は、どれも珠玉。第七回歴史時代作家クラブ賞を受賞したことを見ても、その質の高さがわかるだろう。本書は、その『鳳凰の船』に続く、明治の北海道を舞台にした歴史短篇集だ。やはり五作が収録されているが、こちらは札幌が中心となっている。

 冒頭の「楡の墓」は、母の死を切っかけに家族を捨てた少年の幸吉が、札幌の開墾場にやって来る。七歳年上で、寡婦になったばかりの美禰という女性と知り合い、従弟と称して一緒に暮らし始めた幸吉。幕府の命により開墾を指揮する、大友亀太郎に見込まれ、仕事の傍ら勉学にも励んだ。またしだいに、美禰に慕情を抱くようになる。しかし幕府が瓦解し、時代が明治になると、開拓判官の島義勇が乗り込んできた。札幌は姿を変え、大友も去ってしまう。そして幸吉も札幌を去ろうとするのだが……。

 多くの人々が理想を託した札幌の開墾が、新政府の開拓によって蹂躙されていく様は、胸が痛くなる。しかしその一方で、理想を受け継ぐ人間の繋がりも表現されているのだ。ひとりの少年の成長を通じて、作者は札幌創生期の光と影を、見事に描いているのである。

 続く「雪女郎」は、幸吉たちの理想を破壊する象徴であった、島義勇が主人公。佐賀人気質の持ち主の島は、性急に事を進めようとして、足元を掬われる。権力者である彼も、所詮は一個の駒に過ぎず、中央の意向や思惑に翻弄されるのだ。それを島と縁のあった、ふたりの少女を絡めて描いたところに、物語としての膨らみがある。

 以下、「貸し女郎始末」は、流れ着いた札幌でみじめな生活を送っていた女性が、ひょんなことから人生の転機を迎える。「湯壺にて」は、ちょっと仕掛けのあるストーリーにより、開拓大判官・松本十郎の挫折が語られる。

 そしてラストの「七月のトリリウム」では、チラチラと名前の出ていた開拓長官の黒田清隆が、ついに登場。札幌学校の教師となるクラークたちを連れ、開拓使御用船で北海道を目指す彼が、道中のさまざまな出来事により、新たな時代の息吹を感じる。本書の締めくくりに相応しい、未来への希望を感じさせる好篇である。

 以上、五作。やはり、どれも珠玉。明治の北海道という自己のフィールドを得た作者は、歴史小説家としての力を、十全に発揮してのけたのだ。