前作『鳳凰の船』で、北海道開拓史に名を刻む者たちの心の機微を「函館」を舞台に描き、見事、歴史時代作家クラブ賞を射止めた浮穴みみ氏。北海道在住の著者が、物語の次なる舞台として選んだのは「札幌」だ。

 5編いずれも高い評価を得た作品だが、なかでもお薦めしたいのが最終話の「七月のトリリウム」。札幌農学校開設に携わった黒田清隆とクラーク博士が船上で繰り広げる教育論争には、まるで読み手もその場に立ち会っているかのような臨場感を覚える。

『鳳凰の船』に継いで、この度文庫化された『楡の墓』。

「小説推理」2020年4月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで、その『楡の墓』の読みどころをご紹介します。

 

明治新時代の波に翻弄されるサッポロ――。  「人を作ること」が開拓なのだと訴えてくる。 これは実利主義極まる現代への警鐘でもある。 大矢博子氏(解説より)  『時代小説 ザ・ベスト2020』(日本文藝家協会編)に採録! 注目作「貸し女房始末」を含む全五編

 

■『楡の墓』浮穴みみ  /細谷正充:評

 

明治の北海道は、いかにして開拓され、発展していったのか。浮穴みみが、『鳳凰の船』に続き、北の大地の歴史と人間に迫った。新たな歴史小説の収穫だ。

 

 2017年に刊行された、浮穴みみの『鳳凰の船』は、素晴らしい作品だった。明治初期から後期までの函館を舞台にした5作は、どれも珠玉。第7回歴史時代作家クラブ賞を受賞したことを見ても、その質の高さがわかるだろう。本書は、その『鳳凰の船』に続く、明治の北海道を舞台にした歴史短篇集だ。やはり5作が収録されているが、こちらは札幌が中心となっている。

 冒頭の「楡の墓」は、母の死を切っかけに家族を捨てた少年の幸吉が、札幌の開墾場にやって来る。7歳年上で、寡婦になったばかりの美禰という女性と知り合い、従弟と称して一緒に暮らし始めた幸吉。幕府の命により開墾を指揮する、大友亀太郎に見込まれ、仕事の傍ら勉学にも励んだ。またしだいに、美禰に慕情を抱くようになる。しかし幕府が瓦解し、時代が明治になると、開拓判官の島義勇が乗り込んできた。札幌は姿を変え、大友も去ってしまう。そして幸吉も札幌を去ろうとするのだが……。

 多くの人々が理想を託した札幌の開墾が、新政府の開拓によって蹂躙されていく様は、胸が痛くなる。しかしその一方で、理想を受け継ぐ人間の繋がりも表現されているのだ。ひとりの少年の成長を通じて、作者は札幌創生期の光と影を、見事に描いているのである。

 続く「雪女郎」は、幸吉たちの理想を破壊する象徴であった、島義勇が主人公。佐賀人気質の持ち主の島は、性急に事を進めようとして、足元を掬われる。権力者である彼も、所詮は1個の駒に過ぎず、中央の意向や思惑に翻弄されるのだ。それを島と縁のあった、ふたりの少女を絡めて描いたところに、物語としての膨らみがある。

 以下、「貸し女郎始末」は、流れ着いた札幌でみじめな生活を送っていた女性が、ひょんなことから人生の転機を迎える。「湯壺にて」は、ちょっと仕掛けのあるストーリーにより、開拓大判官・松本十郎の挫折が語られる。

 そしてラストの「七月のトリリウム」では、チラチラと名前の出ていた開拓長官の黒田清隆が、ついに登場。札幌学校の教師となるクラークたちを連れ、開拓使御用船で北海道を目指す彼が、道中のさまざまな出来事により、新たな時代の息吹を感じる。本書の締めくくりに相応しい、未来への希望を感じさせる好篇である。

 以上、5作。やはり、どれも珠玉。明治の北海道という自己のフィールドを得た作者は、歴史小説家としての力を、十全に発揮してのけたのだ。