もし、願いを叶えてくれる虫がいたら、あなたは何を願いますか?
作家・文化昆虫学者の篠原かをりさんによる、小学校中学年向けの児童書『コボックとふしぎな虫の樹』(双葉社)が8月19日に発売されました。『昆虫最強王図鑑』や「週刊少年ジャンプ」で連載中の『アニマルシグナル』など、人気作品の監修も務める篠原さんが、初めて本格的な児童向け小説に挑戦。「人の願い」と「虫の力」を掛け合わせ、物語を楽しみながら、昆虫たちの驚きの生態にも触れられる連作短編集です。
願いを叶えてくれるのは魔法ではなく、虫が本当に持っている力
皆さんは「ゴキブリ」と聞いて、どんな印象を持つでしょうか。「苦手」「できれば遭遇したくない」という人が多いはずです。
ところが、人間とゴキブリの関係を調べてみると、意外な話がいくつも出てきます。江戸時代には、食器を意味する「御器」にかじりつくことから「御器噛り(ごきかぶり)」と呼ばれていました。さらに地域によっては「黄金虫」と呼ばれ、「この虫が増えると資産家になる」と考えられていたこともあったそうです。
かつては縁起のいい虫と考えられることもあったゴキブリですが、今やすっかり嫌われ者。そんな彼らにも恐ろしい天敵がいます。「エメラルドゴキブリバチ」です。
宝石のように美しい緑色のハチで、ゴキブリに毒を注入して行動を操り、自らの巣穴へ連れていって卵を産みつけます。そして、やがて生まれてくる幼虫のエサに──。
思わずゴキブリに同情してしまいそうな話ですが、虫の世界には、人間が思い描くフィクション以上に奇妙で面白い生態がたくさんあります。本作『コボックとふしぎな虫の樹』も、こうした虫たちの生態から生まれた物語です。
沖縄で野を駆けまわって育った私にとって、虫は身近な存在でした。通っていた小学校には裏山があり、休み時間も放課後も虫取り。小学生のころには『甲虫王者ムシキング』のカードゲームやアニメにも夢中になりました。
そんなこともあって、今回、児童書を作りたいと考えたときにパッと思い浮かんだのが「虫」でした。どうせなら図鑑や学習本ではなく、子どもたちが夢中になって読める物語にしたい。「もし自分が今、小学生だったら何を読みたいか」を基準に企画を練り始めました。
そこで声をかけたのが、篠原かをりさんです。
虫について数多くの著書を手がけ、児童書の監修や学校での講演などを通して、子どもたちに虫の面白さを伝えてきた篠原さん。物語を書くのは初めてとのことでしたが、むしろ虫を知り尽くした篠原さんだからこそ書ける作品があるはずだ、という期待がありました。
私が最初に提案したのは、虫の世界に迷い込んだ少年少女が、虫たちの力を借りながら元の世界を目指すファンタジーでした。ただ、篠原さんと打ち合わせをしていると、こちらの想像を超える話が次々と飛び出してきます。
たとえば、あの小さなダンゴムシは、自分の体重の何倍もの重さの物を動かせるほどの力持ち。ナナフシは、見た目を枝葉に似せるだけでなく、風に揺れる枝葉に擬態するため、風に合わせて自らの体まで揺らすといいます。
知らなかった話を聞くたびに、「そんな生態があるの!?」と驚かされました。これだけ面白い生態があるのなら、単に虫が登場するだけではもったいない。虫たちが実際に持つ能力や生態そのものを、物語の軸にできないか。
篠原さんに改めて設定を考えていただき、何度かやり取りを重ねるなかで生まれたのが、現在の形です。
舞台は、子どもたちにとって身近な学校。校舎裏にある古い大木「願い樹」に悩みや願いを打ち明けると、その願いに合った能力を持つ虫がやってきます。
「誰にも見られたくない」と願えば、擬態の名手・ナナフシが現れる――。願いを叶えてくれるのは魔法ではなく、虫が本当に持っている力。ここが、この物語の面白いところです。
さらに、企画を練っていくなかで、私が「これは面白い!」と思った設定があります。虫たちの「害虫化」です。
願い樹からやってきた虫たちは、自分の能力を使って子どもたちの願いを叶えようと、せっせと働いてくれます。ただし、「3日以内に虫を返す」など、守らなければならない約束があります。
最初は喜んでいた子どもたちも、願いが叶えば欲が出てくるもの。「もっと力を借りたい」「まだ返したくない」――。なかには思いがけない事情から約束を守れなくなる子もいますが、理由はどうあれ、約束を破れば虫は「害虫化」します。
願いを叶えてくれていた能力が一転し、今度は人間に牙をむく。願いを叶えてもらった人間の行動が、思わぬ形で自分に返ってくるのです。でも、よく考えると、虫たちは何も悪くありません。頼まれた願いを叶えようと一生懸命に働いていたのに、人間が約束を破ったせいで「害虫」になってしまう。むしろ被害者は虫たちのほうなのかもしれません。
ルールを守ること、自分の行動には責任が伴うこと。物語を楽しんでいるうちに、そうしたことも自然と伝わってきます。何より、人間の都合で「害虫」となってしまう虫たちを、決して悪者にはしない。虫を愛する篠原さんらしさが、よく表れている設定だと感じています。
もうひとつ、ぜひ注目してほしいのが、願いと虫をつなぐ守り人のコボックです。
人間の気持ちをうまく理解できなかったり、失敗したりすることもありますが、虫のことはとにかく大好きで、どこまでも純粋で好奇心旺盛。イラストを担当してくださった、こむぎさんが描くコボックを初めて見たときは、思わず「かわいい!」と声が出ました。文章から想像していた純粋さや愛らしさが、そのまま形になったような存在です。
小学生の自分なら、この本をどう読むだろう。きっと「次はどんな虫が出てくるんだろう?」と夢中でページをめくってくれる──。そんな一冊になったと思います。
虫が大好きな子はもちろん、これまであまり興味がなかった子にも読んでもらいたい。そして本を閉じたあと、道端や公園で見つけた小さな虫を見て、「この虫には、どんなすごい能力があるんだろう?」とほんの少し立ち止まってもらえたら、担当編集として、これほどうれしいことはありません。