厳格な父親だったジョセフ・ジャクソン

 マイケル・ジャクソンは1958年8月29日、インディアナ州ゲイリーで、ジョセフとキャサリンの間に、9人兄弟の7番目の子どもとして生まれた。

 ゲイリーは、シカゴのオヘア空港から、ミシガン湖に沿って東南方向に車で80キロほどいった湖畔の町だ。

 かつては鉄鋼の町として隆興を極めたこともあったが、60年代になると町は次第にさびれていった。今ではメインストリートですら渋滞になることはなく、映画館やスーパーマーケットがあるくらいのひっそりとした佇まいである。かつての隆盛は微塵も感じられない。町の人口の8割以上を黒人が占めるゲイリーは、10万人以上の規模の町の中では全米でトップの黒人比率である。

 ジャクソン家は、「2300ジャクソン・ストリート」に位置し、通りの角にあるこぢんまりとした家だ。この家に11人もの大家族が起居をともにしていたとは、とても思えないほど狭小な家で、マイケルはこの家のことを「表のドアから5歩、歩けば裏に出る」と表現している。

 私が2010年6月にマイケルの生家を訪問した時は、ちょうどマイケルの1周忌の直前だったので、マイケルのいとこのキース・ジャクソン(当時46歳)と近所の仲間が2人手伝いに来て、庭に建てた記念碑の周囲をきれいにしていた。

 私が話しかけると、ミュージシャンであるキースは手を休めて、家の裏手に案内してくれた。 そこには記念碑のようにコンクリートのブロックが積まれていた。キースはこのブロックを指差しながら、こう言った。

「父親のジョセフが子どもたちに歌のリハーサルをさせようとしても、子どもたちはさぼることがあった。子どもたちはレッスンをさぼると、罰としてジョセフにこのブロックを持たされていたんだよ」

 

 ジャクソン家の父親ジョセフの厳格さはそれだけにとどまらなかった。のちにメディアに散々叩かれることになるが、ジョセフはリハーサルをしようとしない子どもたちをしばしば叩いたという。

「ジョーは、『ちゃんとリハーサルをするんだ!』と子どもたちを怒鳴りつけ、よく叩いていました。このことはみんな知っていますし、本人もそのことを認めています」(キャサリン・ジャクソン)

 2010年11月8日に放送された「オプラ・ウィンフリー・ショー」で、MCのウィンフリーはこの“しつけ方法”について、単刀直入にジョセフに質問している。

 

〈ウィンフリー(以下W):マイケルは、あなたのことを怖がっていたと思いますか?

ジョセフ(以下J):怖がっていなかったと思う。マイケルは何か悪いことをしたら、こっぴどく叱られるのではないかと思っていたかもしれない。ただそれは、「殴るbeat」のではなく、こっぴどく「叱る」という意味だ。マスコミがいつも指摘していたようにマイケルを「殴った」ことはない。

W:私は1993年にマイケルにインタビューをしたことがあるが、彼はその時、あなたに殴られたと言っていました。

J:マイケルが世界の人々から愛される人間に育てられたことをうれしく思う。もし、きちんと育てられなければマイケルも、マイケルが育った町にいた他の子どもたちと同じようになっていたかもしれないからだ。つまり死んでいるか、ドラッグにかかわり刑務所に入っているかだ……。

W:はっきりさせましょう。子どもを殴ってしつけるというのは、当たり前の習慣だったということでしょうか。

キャサリン(以下K):はい。

J:殴ったりbeatingせっかんしたりwhipping

K:同じことよ。

W:確かに背中に強打の痕があれば同じことですね。

J:いや、「殴る」というと同じではないと思う。

W:「殴る」という言葉に反論したい?

J:私は「せっかんwhip」という言葉を使う。

K:「せっかん」というほうが悪いわ。でも、黒人は皆、子どもをそのように育てたのよ。

(中略)

K:ジョセフは(しつけに)ストラップを使っていたわ。

W:今、もう一度子どもをしつけるとしたら、昔とは違った父親になると思いますか?

J:確かに私は、子どもたちが悪いことをしたら、ストラップか何かでせっかんしていた。だから、彼らはトラブルから免れた。つまり刑務所に入らないで済んだんだ。私の9人の子どもは誰も、刑務所に入ったことがない。

W:子どもにストラップを使ったことを後悔していますか?

J:していない。

W:していない?

J:そのお陰で、彼らは刑務所に入らなかったのだから。だから正しく育ち、みんないい子になったのだ。〉

 

 キャサリンが言いたかったのは、しつけとして父親が子どもを叩くことはジョセフに限ったことではなく、どの黒人の家庭でも普通に行なわれていたということだ。それなのにマスコミは、ジョセフがまるで“特殊な父親”であるかのように報じ続けた。

 ジャクソン一家が暮らしたゲイリーの町は、当時、「世界の殺人の都」と呼ばれていた。ジョセフは「自分の子どもを外で遊ばせるわけにはいかない。町で子どもが射殺されたらたまったものではない」と口癖のように言っていたという。

 

 

マイケル・ジャクソン 死の真相』は全2回で連日公開予定