失業中の相原薫が旅先の温泉街で遭遇した無理心中事件。被害女性の左胸に刻まれていたのは、紫色のリラの刺青だった。しかし、薫は三十年前の火事で亡くなったはずの養祖母・珠々の胸にも同じ花の刺青があると知る。祖母は一体何者なのか。薫が珠々の残した手記を紐解いていくと、時を超えて事件の真実が浮かび上がる。

 

「小説推理」2026年9月号に掲載されたライター・大矢博子さんのレビューで『修羅にしてリラのごとく』の読みどころをご紹介します。

 

修羅にしてリラのごとく
修羅にしてリラのごとく

 

■『修羅にしてリラのごとく』弥生小夜子  /大矢博子 [評]

 

戦後を駆け抜けたひとりの女性の苛烈な人生── 圧巻の一代記に隠された巧緻な謎解きに酔え!

 

 父の思い出の場所と聞いた温泉街を訪れた相原薫は、そこで無理心中事件に遭遇した。殺されたのは薫が前日に会った、リラの刺青を入れた女性らしい。

 

 その後、帰宅した薫は一枚の肖像画と何冊かのノートを見つける。父の養母、薫にとっては養祖母に当たる高倉珠々の絵だというが、その肖像画の胸元には温泉街で見たのと同じ場所に同じようなリラの刺青があった。養祖母は三十年前に火事で亡くなったと聞いていたが、ではあの人物は?

 

 薫は絵とともに見つけたノートを読み始める。そこには昭和の戦後から始まる、ある家族とひとりの女性を襲った数奇な人生が綴られていた……。

 

 と、物語はここから作中作へと入っていくのだが、いやもうこれが圧巻! 遊女だった母から生まれた美貌の息子・桂三の物語に始まり、母を亡くした後で幼い妹の珠々ともどもヤクザの大親分の家に引き取られたこと。そこから続く猥雑わい ざつな日々。絡み合う皮肉な運命。そんな中で成長する珠々が中学生のときにとんでもない度胸を見せた場面から物語は一気に加速する。

 

 死んだはずの養祖母と同じ刺青を持つ年配女性の死体、という謎を解くはずの作中作が、それ単体で読者を飲み込む熱に満ちている。自らの度胸と才覚、そして人脈で数々の困難を乗り越える珠々の、その苛烈さを見よ。その困難もすべて外からもたらされたものであるにもかかわらず、珠々はすべて引き受けて道を拓いていく。かっこいい。何の衒いもなくそう思った。

 

 思えば養祖母の名前や刺青がわかっている時点で、作中作の展開はある程度予想できるのである。だがそんな予想を立てる余裕すら読者に与えてくれない。まさに渦のような物語だ。

 だが、ポイントはその先にある。作中作の後に待っているのは、思いがけない真相だ。なるほど、鮎川哲也賞優秀賞で出てきた作家だけのことはある。

 圧巻の一代記と見事な謎解き。熱の渦の後に、不思議なほどの清々しさが残る一冊だ。