旅先の温泉街で起きた不可解な心中事件。被害者の胸にあったのは、30年前に亡くなったはずの養祖母と同じ「リラの刺青」だった。
遺された手記から浮かび上がるのは、昭和の戦後を度胸と才覚でたくましく生き抜いた女性の激動の半生。圧倒的な熱量あふれる一代記と、物語を貫く緻密なミステリはいかにして描かれたのか。
鮎川哲也賞優秀賞の実力派・弥生小夜子さんに、本作に込めた想いと執筆の舞台裏を聞いた
──本作のタイトル『修羅にしてリラのごとく』は、激しさと美しさが同居する非常に印象的な言葉です。このタイトルに込められた想いを教えてください。
弥生小夜子(以下=弥生):白鳥は優雅に水をすべっているように見えても水面下では必死に水をかいているといいます。同様に、咲き誇るリラのような華やかさの陰で、手を汚したり血を流したりして闘ってきたのが(過去パートの)主人公である珠々です。
彼女の生き方、また彼女自身を象徴する言葉としてタイトルに決めました。「修羅」と「リラ」で韻を踏めたのでリズムもよいかなと思っています。
──無理心中事件の謎を解くミステリでもあり、高倉珠々という苛烈の人生を歩んだ女性の一代記でもあります。この物語を着想されたきっかけについてお聞かせください。
弥生:いつか髪が真っ白になったら綺麗な桜色に染めたいという私自身の野望?があって、桜の樹の下に立つ桜色の髪の老女のイメージが浮かびました。
ただ、強い女性が書きたかったので、淡いピンクの色彩では少々甘すぎる気もして、「もう少しきりりとした色は?」と考えたとき、薄紫のリラの花の下に立つリラ色の髪の老女にかわったのです。
花びらの一枚多い五弁のリラが「ラッキーライラック」と呼ばれる幸運のモチーフであることは知っていたので(その名前を持つ栗毛のサラブレッドがいます)、彼女にはその五弁のリラの刺青があることにしました。
リラの花びらの数が解明の鍵になればミステリとして美しいのではないかと考え、そうなるような謎とストーリーを組み立てました。
──珠々は、アメリカ兵と日本女性の間に生まれたあとすぐに元花魁の育ての母に引き取られ、その母とも幼少期に死別、小学生でヤクザの養子になる……その後も様々な困難に襲われます。しかし、苛烈な運命に翻弄されながらも、自身の力で道を切り開いていく強い女性です。珠々の物語はどのように編み上げたのでしょうか。
弥生:ラストシーンが先にあり、そこから誕生に向かって時をさかのぼる形で構築しました。
この人物に対してこういう感情を抱くのは過去に何があったから? リラの刺青を入れた理由は? 現代パートの語り手である青年・薫が養孫であることは決定事項なので、そうなった事情は?……など、ストーリー上不可欠な要素おのおのに辻褄の合う道筋を探して過去へつなぎました。出生についてもおのずと定まりました。
実際に書きはじめると、さまざまなエピソードが(作者ではなく)物語の側から生まれてきます。今度は時の流れに沿ってそれらを縫っていきました。
──この作品は青年の薫が温泉街で無理心中事件に遭遇する現代パート、事件の謎を解くための、戦後から始まる珠々の過去パートがあり、2つの物語と謎が螺旋のように絡み合う構成が圧巻です。このような構成にしたのはなぜでしょうか?
弥生:あくまでも珠々の物語が先にあり、薫は探偵役として登場させた人物でしたが、かといって謎を解くだけの記号的存在にはしたくありませんでした。
薫の心理を掘り下げるにつれて、父・司との相互依存の関係や、それに悩み、揺れ動く薫の心情が無視できない重量を持ちました。
二つのばらばらな話にならないようにしよう、「薫と司の物語」と「珠々の一代記」を一篇のミステリとして切り離せないものにしようと試行錯誤した結果、このような構成になりました。
──弥生さんの書かれる作品は、どこか耽美で独特の世界観を持っていますが、影響を受けた作家や作品はありますか。
弥生:好きな作品やよく読む作家さんはほかにもたくさん挙げられますが、「影響を受けた」という点に重きを置くと、まだ現実の人生経験が浅く、過敏な感性を持っていた十代の頃に触れて心を揺さぶられたものになるのではないかと思います。特に衝撃を受けた小説は江戸川乱歩『孤島の鬼』と夢野久作『ドグラ・マグラ』、漫画なら山岸凉子さん『日出処の天子』と永井豪さん『デビルマン』です。
そういうやや湿った感受性を少し乾かしてくれたのが大学時代から二十代前半に読みあさった澁澤龍彦だったでしょうか。
──最後に読者へのメッセージをお願いします。
弥生:「強い女性」を書きたくて書いた珠々は、これまで私が書いた中で一番強い「人」になりました。「神様に殺されるまで生きる」「死ぬまで咲き続ける」と、水面下で足掻き、闘い抜いた珠々を少しでも気に入っていただけたらとてもうれしいです。
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イラストレーターの朱華さんによる美しい装画にもぜひご注目ください! 美しいだけでなく強い意志を宿した珠々の姿と、彼女を取り囲むように咲き誇る紫のリラ(ライラック)。作中に登場する「テルちゃん」こと日下部高雄が描いた肖像画として改めて眺めてみると、物語の余韻がより深く味わえるのではないでしょうか。