2016年、『君の膵臓をたべたい』で双葉社からデビューした住野よるさん。同作は実写映画化、劇場アニメ化され、社会現象を巻き起こすほどの大ヒットとなった。そんな住野さんのデビュー10周年記念作品『夜想い』は、ご本人いわく「10年越しの、弔い」。執筆の背景、本作での新たな挑戦について、話を伺った。

 

取材・文:野本由起 写真:干川 修

 

 

僕は、ひとりの女の子を殺して知名度を得た

──デビュー10周年を記念して、このたび『夜想い』が刊行されました。住野さんのXやnoteでは、この作品は「10年越しの、弔い」だと語っています。執筆の背景を教えてください。

 

住野よる(以下=住野):10周年記念作品を双葉社から刊行することは、ずっと前から決まっていました。どんな作品にしようか考えた時、最初に思い浮かんだのは『君の膵臓をたべたい』(以下=『膵臓』)の登場人物・山内桜良のことでした。言い方は悪いですが、僕はひとりの女の子を殺して知名度を得ました。一時期は自分の手を離れて巨大化していく『膵臓』との距離を測りかねた時期もありましたが、あの子のおかげで小説家になりましたし、いろんな人に知ってもらえたことに感謝しています。でも、これまで桜良に対する追悼を形にできていなくて。そこで10周年記念作品では、「10年越しの、弔い」をしようと最初に決めました。

 

──そこから『夜想い』の物語が、形になるまでの過程についてお聞かせください。

 

住野:デビューしてからの10年間、僕が出してきた小説のこと、読者さんに知られている僕自身のことを恥ずかしがらずに全部入れようと思ったんです。僕は、恥ずかしながら読者さんに酒飲みとして知られています(笑)。そこで、酔っ払って二日酔いのようになる病状を書こうかと。星を見続けることでその症状が出るとなったら、ロマンチックじゃないですか。そこから「星空中毒」という病気を考えつきました。他にも、『君の膵臓をたべたい』に出てくる一文を引用するなど、これまでに書いた小説の要素も取り入れています。

 

それに加えて、過去を振り返るだけでなく、今までやったことのないことにも挑戦したくて。そこで最初に考えたのが、「僕が書く小説の主人公は、なぜ日本人なんだろう」ということ。日本以外にルーツがある人を書いてみたくて、主人公のひとり、ケイティが生まれました。

 

──この物語は、不登校だった山下始が、ある事情から再び中学に通い始めるところから始まります。そんな彼が出会ったのが、「星空中毒」を患う高等部のケイティこと遠山先輩。そして始は、ケイティの友人であるひまわりに誘われ、「空想研究会」に入ることに。始とケイティを取り巻く人間模様は、どのようにして考えていったのでしょうか。

 

住野:まず、ケイティはなぜ「星空中毒」になったのかと考えていきました。その理由は、誰か大切な人が亡くなったから。そこから、津組航という人物が生まれました。さらに、津組の死因となった出来事で人生が変わったのは、ケイティだけではないんじゃないかと思い、始が生まれて。ケイティは誰かの助けがないと生きていけないので、親友のひまわりが誕生しました。

 

余談ですが、ひまわりの名前は『クレヨンしんちゃん』に登場するしんのすけの妹・ひまわりに由来しています(笑)。映画『膵臓』の主題歌がMr.Childrenの「himawari」なので、そこから採ったと思われそうですが。

 

僕は、『クレヨンしんちゃん』の大ファンで、『よるのばけもの』以降、双葉社から本を出す時には必ず『クレヨンしんちゃん』にちなんだ何かを入れるようにしていて。『よるのばけもの』の登場人物・緑川双葉も、『クレヨンしんちゃん』に出てくる双葉商事から採っているんです。

 

 

失った人とそれを支える人の葛藤を描く

──ケイティだけでなく、始もまた大切な人を失っています。さらに、大切な人を失い、苦しむ人に寄り添う立場でもあります。悲しみに暮れる人だけでなく、それを支える人についても丁寧に描かれているのが印象的でした。

 

住野:今回は、失った人とそれを支える人の葛藤に焦点を当てました。失った人に寄り添う人が、一番大変ですよね。きっと『膵臓』の物語が終わったあとも、周りの人たちに支えられてあの子たちは大人になっていくんだと思います。でも、この物語では支える人もまた、大切な存在を失った人のひとりです。ひまわりなんて、まさにそうですよね。

 

『膵臓』の主人公は、「自分なんかが悲しむなんてお門違いだ」と言いますが、僕にはその気持ちがよくわかるんです。きっとひまわりもそう思っているんでしょうね。

 

──物語の冒頭では、始の視点でケイティたちとの出会いが語られます。ですが、中盤になるとケイティと津組、ひまわりたちが過ごした日々が描かれていく。この構成も、独特ですね。

 

住野:改稿するたびに、自分でもめっちゃ変な構成だなと思いました(笑)。津組が生きている時のことは、もっと前に入れたほうがきれいに収まるんですよね。ですが、あえて『膵臓』とまったく同じ流れにしたかったんです。亡くなったあとから物語が始まり、彼らの日常があり、死に向かっていく。最後はその後について語っているのも、『膵臓』と同じです。

 

意図的に同じ流れにしましたが、分量のバランスを大きく変えることでまったく違うものに見えるはず。そこで、こういう変な構成にしました。中盤は、ケイティにとって津組はどれだけかけがえのない存在だったのかが伝わるように書いたつもりです。その分、今はもう亡くなっているという事実が重く感じられるので。

 

──津組は空想が好きで、ケイティにせがまれていつも面白い話をしています。住野さんにとって、津組はどのような存在ですか?

 

住野:僕にとって、津組は創作活動をする人の理想像です。創作する人たちの嫌なところを濾過したら津組になります(笑)。誰かに評価されなくても、お金にならなくても、ただ何かを作るだけで楽しかった頃の僕たちの化身ですね。

 

──デビュー前の住野さんも、津組と重なるところが多かったのでは。

 

住野:そうですね。「ずっと、こういられたらよかったのに」という存在です。デビューから10年経って毎年思うんですよ、「デビュー前のほうが、小説、好きだったな」って。もっと言えば、高校生の頃のほうが書くのも読むのも好きでした。

 

僕は小学校の頃、下校しながらその場で思いついた空想を同級生に話していました。それが、そのまま高校生になったのが津組です。自分にもあったかもしれない美しさを、彼に託しました。

 

──空想はケイティを救う力にもなりますが、住野さんは空想に対してどんなイメージをお持ちですか?

 

住野:空想がデマや陰謀論など人を傷つけるために使われることもありますよね。僕自身、誰かを諭すために空想を使っているかもしれないと思うことがあります。でも、津組が語る空想はそうじゃない。楽しくて、さらに現実にも何かいいことを引き起こす空想の理想形を、津組を通して書けたらと思いました。

 

──物語も、空想から生まれるもののひとつです。この作品を通して、住野さん自身が物語の力を肯定しているようにも感じられました。

 

住野:そう言われて、今思い出したことがあります。去年、『君の膵臓をたべたい』の朗読劇が再演されたので観に行ったんです。その際、『現実の世界よりも小説の中の方が楽しいって信じてるから』というセリフを聴いて、自画自賛ですけど『こんなにいいセリフ、書いたっけ』と思って(笑)。このセリフを書いた時の自分のイノセンスに打ちのめされたし、もう一回そう信じたいと思ったんですよね。あのセリフは、確実に津組の存在につながっています。

 

──冒頭では、「人は死んだら星や風や花になるんだよ」という津組の空想が語られます。とても美しい空想ですし、この言葉自体、追悼のようです。

 

住野:ありがとうございます。『膵臓』のラストで、主人公と友人が墓参りをするのですが、そこで桜良の声がして風が吹くんですよね。そのシーンともつながる言葉です。僕も、そうだったらいいなと思って書いた空想です。

 

 

いつか大切な人を失った時の弔いになれば

 

──『夜想い』は、いろいろな意味でこれまでの集大成と言える作品なんですね。他に、意識したことはありますか?

 

住野:この小説を書き始める時、意識したのは「ラノベっぽくしよう」ということでした。僕は、有川ひろさんや時雨沢恵一さんなどのラノベをたくさん読んでデビューしました。でも、この10年で文芸的価値観に一歩ずつ寄っていく自分を感じていたんです。僕の担当編集者は、皆さん一般文芸の方ですし、薦められる本も文芸書なので、いつのまにかそちらに寄っていたのだと思います。

 

でも、せっかくの10周年ですし、自分の出自を大事にしたくて。そこで始とケイティの出会い方を、学園ラブコメのようにしました。他にも、ラストのドタバタ感も含め、今のラノベというよりは、自分が読んで育ったラノベっぽさを意識しています。そうやって原点に立ち返った小説なので、タイトルにもネームドロップしました。

 

──『よるのばけもの』もご自身の名前を含んだタイトルでしたが、今回は「夜」という言葉を冠しています。『夜想い』というタイトルは、どのようにして考えついたのでしょうか。

 

住野:タイトルについては、めちゃくちゃ悩みました。担当さんともたくさん案を出し合いましたが、なかなかバシッとハマらない。『君の膵臓をたべたい』のようなタイトルにして、2作品のつながりを示唆する案もありましたが、『夜想い』は独立したひとつの話なのでそれも違うかなと思って。

 

正直、なぜ『夜想い』という言葉が出てきたのか、自分でもよくわかりません。家にいる時、ふと「『夜想い』かな」とポロッと出てきて、これで行こうと思いました。

 

『夜想い』で書いた登場人物の願いは、僕自身の願いでもあり、読者さんに向けた思いでもあります。『夜想い』というタイトルも、登場人物の気持ちを表した言葉であると同時に、作者の気持ちでもある。夜を想い、よるから

想っている。そんな作品になりました。

 

──読み終えて本を閉じた時、胸の奥から熱いものがこみ上げてきました。「10年越しの、弔い」から始まった小説ですが、桜良を弔うことはできましたか?

 

住野:そうですね。桜良に渡せる作品になりました。10代の読者さんは、まだ大切な人が亡くなる経験をしたことがないかもしれません。でも、いつかその時が来たら、この本が大切な人への弔いの一助になれば。『夜想い』があることで、大切な人を失う経験がただ悲しいだけのものでなくなれば、それがこの本の存在価値なのだと思います。