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気心の知れた同級生二人だけの午餐とは打って変わって、晩餐会はさながら、本村の総理就任決起集会の様相を呈していた。『京都ホテルキャピタル』の宴会場に京都の政財界から三百人近くが集まり、本村にエールを送った。
「この歴史ある都、京都からまだ総理が出ていないというのは、まことにもって不可解であります。千二百年の時を超えて、ようやく今、京都に総理大臣が生まれようとしています」
山崎一三京都府知事の激励の言葉に大きな喝采が起こり、次々と続く挨拶は熱気に満ちていて、本村はその都度、椅子から立ち上がって、深々と頭を下げる。
文化人、芸能人の姿も多く見掛けられ、本村の支持層の厚さを示したが、竹原と二人だけで会った昼間の方が、本村には励みになっただろうと星井には思えた。
「じゃ、今日はこれで失礼します」
晩餐会の撮影は最初の一時間だけと決められていた。星井と小林は早々と会場を後にして『洛東グリーンホテル』に向かった。
「さて、今夜はどうしましょう。何処で飲みましょうか?」
河原町通を北上しながら小林が訊く。
「そうだな、時間も早いから『京楽スタンド』にでも行こうか」
時計の針は七時十分を指している。
二人は一旦ホテルに戻って車を置き、タクシーで四条河原町にある店へ向かった。
「白木さん、誘ってみましょうか」
店に着きコートを脱ぎながら小林が星井に提案する。
「それはいい考えだね。まだあんまり馴染めてないから、一緒に飲もう。飲めばきっとすぐに打ち解けるさ。彼は飲めるクチだったっけな」
オーダーを済ませた星井が賛同する。
「ええ。嫌いじゃないって言ってましたよ。こんなこともあるかなと思って、携帯の番号を聞いておいたんですよ」
小林は携帯電話を出してアドレス帳を繰っている。
「手回しがいいじゃないか。でも白木さん、この店を知ってるかな」
「京都に住んでいてここを知らないはずはないでしょう」
小林は携帯を持って店の外に出る。
「お待たせしました。赤ワインのボトルとグラスふたつ、『シュウマイ』『ハムサラダ』と『カキフライ』これでよかったですかいな」
テーブルの上が一気に賑やかになる。星井は二つのグラスにワインをなみなみと注ぎ、腕組みをして小林が戻って来るのを待っている。店の奥にあるテレビでは大河ドラマが始まった。客だけではなく、店の従業員もその多くが画面に見入っている。
「ダメでした。繋がらないんです。何度電話しても、『電源が切ってあるか、電波の届かないところに……』っていうアナウンスが流れるだけで」
小林が携帯を畳んで席に戻って来た。
「そうか、仕方がないよ。きっとまだ本村さんの取材を続けているんだろう」
星井がグラスを上げ、小林もそれに続いた。
「でも白木さん言ってたんですよ。政治部の記者はいつ何が起こるか分からないから、携帯はいつも繋がるようにしている、って」
「それも事によりけりだろう。彼は今回の記事に相当思い入れを持ってるみたいだ。そうでなきゃ、社内のカメラマンを差し置いて、僕に依頼してくる筈がないよ。また明日にでも誘えばいいや。今日は師匠と助手、二人水入らずで行こう」
「あと、『ハムカツ』と『豚のてんぷら』を追加してください」
追加注文を済ませて、小林がウスターソースを掛けてカキフライを食べる。
「さすがに若いだけあって食欲旺盛だね。僕はもうこれだけの料理を見てるだけで充分だよ」
「まぁ、そう仰らずに、どんどん食べて、しっかり飲みましょう。それが明日の活力の元ですよ」
小林が、ぐいっとワインを飲み干す。
「でも、政治家って大変な仕事ですね。きっとまだ仕事が続いてるんでしょ? お腹も減るでしょうし、お酒だって飲みたいですよね。本村さん、先生と同じで泡好きだったみたいだから」
小林は本村に同情しているようだ。
「それと新聞記者もな。同じマスコミでも新聞記者っていうのは、僕らの作る雑誌なんかと違って、時間の予測がつかないから。僕らは、よくも悪くも時間が決まっているから、予定が立てやすいけど、彼らはいつ何どき、どんな事態が起こるか分からないものな。今日、白木さんから聞いたんだけど、この前の総理が突然辞任を発表した時は大変だったそうだ。入院中の叔父さんの容体が急変して病院に駆けつけたときに、待合室のテレビで『総理辞任』のニュース速報が流れて、そのまま会社にとんぼ返り。叔父さんの最期を看取ることも出来なかったんだって。親代わりになって自分を育ててくれた叔父より仕事を優先してしまう。改めてそんな仕事の非情さを思い知ったと言ってたよ」
星井は心からそう思った。自分たちの仕事は、どんなにハードなスケジュールであっても、一日の仕事には、ちゃんと終わりがあり、現にこうやって気楽に飲んで食べることが出来る。朝早く突然たたき起こされて仕事が始まることもなければ、いつ終わるとも知れないような仕事とは無縁の世界に生きている。どんなに大変だろうかと白木を慮った。
「叔父さんが親代わり、っていうことは白木さん、ご両親がいらっしゃらないんですかね」
「そうなんだろうな。なんとなく聞き辛くて、それ以上は聞けなかったんだけど、きっとそういうことなんだと思うよ。どこか陰がある感じなのは、そんなところに理由があるのかも知れないね」
星井は白木との会話を思い出しながら言った。
「お疲れ様。明日は何時スタートだ?」
長い晩餐会を終えて、参加者を見送った後、十六階の客室まで送って来た秘書の松嶋に本村が訊ねる。
「先生、朝早くて申し訳ありません。明日は六時半にお部屋にお迎えにあがります。『鴨川を走ろう会』の方々と、一緒に鴨川をジョギングして頂くことになっております」
「そうか。じゃ、深酒は出来ないな」
本村の腕時計は十一時十分を指している。
「『ヴーヴクリコ』のハーフボトルが二本冷蔵庫に入っていると思います。それ以上は……」
「ありがとう。おやすみ」
本村は部屋に入るとネクタイをゆるめ、冷蔵庫を開ける。
《やっとここまで来たのか》
そして感慨深げにシャンパーニュを飲みつつ、ふと一瞬眼が曇ったが、思い直すかのように、すぐに大きく眼を見開く。
《来年の今頃はきっと……》
第二章
1
「なんだなんだ。そんな大きい音たてなくてもいいだろう。今行くよ」
激しいノックの音で目を覚ました本村がベッドから降り、パジャマ姿のまま急いで部屋のドアを開けると、秘書の松嶋が青白い顔で立っている。
「どうした。松嶋。なにかあったのか?」
本村はあくびを噛み殺しながら言う。
「先生。気をしっかり持ってくださいね」
「なんだっていうんだ。たいそうな。まだ五時じゃないか。六時半に迎えに来るはずだったよな」
寝ぼけまなこの本村が目をこすりながら時計を見る。
「竹原さん。亡くなりました」
「ん? 竹原が……亡くなった?」
本村が大きく目を見開いた。
「松嶋、それはどういうことだ。どこでいつツトムが死んだというんだ」
「今朝『陶化橋』のたもとで水死体で発見されたと、竹原さんの奥様から事務所に連絡がありました」
松嶋が顔を上げることなく淡々と報告する。
「『とうかばし』? それってどこのことだ。軽井沢の近くか?」
「いえ。京都の鴨川に架かる橋です。ご存じなかったですか」
「なんだって。鴨川に? おかしいじゃないか。だってツトムは車で軽井沢に帰るって言ってたんだぜ。それが何故鴨川で死ななきゃいけないんだ」
「それは私には分かりません。事故なのかどうかも……」
本村は呆然と立ち尽くした。
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