今月のベスト・ブック

『彼女のカロート』
荻世いをら 著
フィルムアート社
定価 2,200円(税込)
第一線で活躍する小説家と書評家(町屋良平、滝口悠生、倉本さおり)が選者となって、単行本化されていない小説や入手が困難になっている書籍のなかから、今あらためて読み直されるべき作品を刊行していくという画期的な文芸シリーズ「First Archives」。その先陣を切る1冊が、荻世いをらの『彼女のカロート』(フィルムアート社)だ。
表題作は墓のメンテナンス業を営む“彼”の事務所に若い女性から注文の電話がかかってくる場面で始まる。相手は会話の途中でいきなり電話を切ってしまう。その後、彼女は耳の調子がかなり悪いということ、公共放送のアナウンサーで有名野球選手の妻としても知られる世利まことであることが判明する。世利まことは伯母の墓のメンテナンスと自分の墓づくりを“彼”に依頼する。
そんなあらすじを説明してもあまり意味がない。世利まことは身体的疾患が何もないのに自分の声しか聞こえなくなった。アナウンサーとして死の危機に瀕している。“カロート”とは唐櫃、墓石の下に設けられた納骨室のこと。だから彼女は自らの墓を準備するのかなとか、耳が聞こえなくなった原因も探っていくのかなとか、筋にそって読もうとすると肩透かしを食らうのだ。
その絶妙な肩透かし感と、すっとんきょうな会話がなんとも堪らない。世利まことは言いたいことを声で“彼”に伝え、“彼”はカードに書く。ワンクッション置いた言葉のキャッチボールで、世利まことはなかなかの暴投をやってのける。たとえば、自分は黙っているつもりでも何かしゃべっているのではないかと彼女が心配するくだり。“彼”が〈大丈夫です。何も問題ありませんよ〉と書くと、もう一度大丈夫かどうか確認した上で〈わかりました信用しますよれれれ〉と言う。“彼”は唐突な“れれれ”に驚く。彼女はふざけているわけではなくて、自分の声が空耳ではないことを確かめたかったらしい。
考えてみれば、お互いの声が届いて会話が成り立つのは不思議なことだ。もしかしたら、すべては幻想で全然違うことを話しているのかもしれないし、誰もしゃべっていないのかもしれない。人間の認知とコミュニケーションの不確かさを描いた小説である……と、わかったようなことを書いたら、世利まことに〈それはないなー〉とあっさり否定されそう。どこまでもつかみどころがなくて、じわじわとおかしく、じわじわと恐ろしい。
同時収録の「宦官への授業」は、難読症でありながら文学を愛する大学生・天生目誠の陰茎をめぐる冒険譚。誠は“最後の宦官”を自称する老人の家庭教師を務めるうちに、ヘンテコな世界に迷い込む。芋のことばかり語る父の話、“勃起のファントム”の話など、面白い小説は、一文一文が面白い文章で出来ているという、当たり前の事実に気づかされた。今月のベストだ。
面白い文章は、どこから生まれるのだろう。石田夏穂の場合は、労働によって自己の周囲につくりだした宇宙があるのではないかと思う。最新作『ノーメイク鑑定士』(中央公論新社)は、4編を収めた短編集だ。舞台になっている職場が、それぞれ独自の生態系を持った惑星みたいに描かれている。
表題作は、老舗塗料メーカーの話。主人公の中村は、ある日上司に呼び出される。取引先の重鎮から、営業部にノーメイクの女性がいるとクレームが入ったと言う。中村は上司にノーメイクの社員を特定するよう頼まれるが、実は彼女もスッピンだった。特濃級のソース顔と27歳という年齢のおかげで化粧していると誤解されたのだ。中村は地球人に擬態した異星人のごとく自分の正体を隠しつつ、容疑者2人のうちどちらがノーメイクなのか探っていくが……。女性だけに押しつけられる“化粧はマナー”を問う1編。
中村は〈顔面コミットメント率が低い〉とか、〈限りなく透明に近い塩顔〉とか、とびきりユーモラスな語り口で、自分も他人も容赦なく批評する。笑って読んでいたら、ラストはホラーになって戦慄した。会社という惑星に過剰適応して異星人の存在は認めない人々のおぞましさが浮かび上がる。
才谷景の『海を吸う/庭に接ぐ』(河出書房新社)は、第60回文藝賞〈短篇部門〉優秀作の「海を吸う」と受賞第1作の「庭に接ぐ」を収めた1冊だ。2作は対になっているから、どちらかを表題にするのではなくタイトルを並べているのだろう。
「海を吸う」は、体中に穴が開いているひよりの話。穴には液体が満ちている。そういう病気なのか、妄想なのかわからない。ひよりよりも大きな穴が体に開いているいっくんや、神のための筒としてひよりを育てた母のことが語られる。「庭に接ぐ」は、森につながる庭がある家で暮らす父と娘の話。あるとき森に入った父は、泥と糞尿に覆われた黒い塊になって戻ってきた。父は体のなかに森が入ってきたと言う。娘は父を介護する。
いずれも主人公と親の境界が曖昧で、抑圧的な関係であり、他者はほとんど出てこない。閉ざされた箱庭にいる女性の体と自然をダイレクトに接続する文章が生々しく、グロテスクなのに魅惑的だった。「海を吸う」のひよりが母の前で服を脱いでいくシーン、「庭に接ぐ」の娘の口から嘔吐物があふれだすシーンはとりわけ鮮烈。この文体、この想像力が次にどんな世界を描くのか楽しみだ。



