『ひかりの魔女』は、一見どこにでもいるおばあちゃんが、周囲の人々の心を魔法のように解きほぐしていく連作短編集。なぜ、彼女の言葉はこれほどまでに読者の心を救うのか。
ファンタジーのようなタイトルですが、物語に描かれるのは誰もが抱える切実な悩みと、そこから再起していく人々の逞しい姿です。
「ひかりの魔女」シリーズの原点となる本作の読みどころを、「小説推理」2014年5月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューでお届けします。


■『ひかりの魔女』山本甲士 /細谷正充 [評]
静かに綻んでいく、平凡な家族。しかし、一家に引き取られた祖母が、すべてを変える。これは、優しい魔女が人々を幸せにする、ハートフルな物語だ。
なんらかの騒動や事件を経て、自分を変えていく。山本甲士の多くの作品に共通するテーマは、この自己改革といっていいだろう。さらに付け加えれば、作者の存在を強烈に印象づけた『どろ』『かび』『とげ』の3部作の頃は、自己改革がダークな方向で表現されていた。だがその後、しだいに作風がライトなっていき、気持ちのいい自己改革の物語が読めるようになったのだ。もちろん最新刊となる本書も、明るい作品だ。なにしろタイトルからして『ひかりの魔女』なのだから。
父親は薄給のうえ、会社が危ない。母親は、パートの愚痴ばかり。中学生の妹は、荒れている。さらに自分は、大学受験に失敗した浪人生。平凡に見える真崎光一の家は、静かに綻びかけていた。ところが、伯父の急死により、真崎家に祖母が引き取られたことで、すべてが変わっていく。母親から祖母が外出するとき、一緒に付いていくようにいわれた光一は、ばあちゃんが、さまざまな人々に慕われていることを知った。やがて彼は理解する。かつて書道の先生をしていたばあちゃんが、鋭い洞察力と、優しい嘘で、たくさんの生徒の人生を手助けしてきたことを。そして自分たち家族も、ばあちゃんの力により、しだいに明るい方向へと進んでいることを──。
本書の主人公は語り手の真崎光一だが、物語の中心に鎮座しているのは、彼の祖母である。真崎家にやって来たばあちゃんは、本人たちも気づかぬうちに崩壊しかけていた一家を、さりげなく立て直す。その手腕は、まるでマジック。とはいえ特別な方法を使うわけではない。相手の心を読み、負担にならない形で、手を差し伸べる。長い人生で培ったコネを利用する。良いと思ったことは継続する……。ひとつひとつを見れば、現実にあり得そうなことを積み上げ、いつしか奇蹟のような幸せな空間が、ばあちゃんを中心に広がっていくのだ。そして、それを間近で眺めていた光一も、自分の生き方を変えていく。なんとも温かな、自己改革の物語になっているのだ。
さらに作者の小説技巧にも留意したい。特に場所は明記されていないが、真崎家の暮らす街では、暴力団同士の抗争が起こっている。当初は、ストーリーの背景に過ぎなかった抗争だが、これが意外な形で、ばあちゃんと絡んでくるのだ。うーん、この展開は予想できなかった。ばあちゃんの力により、とんでもないところまで飛躍する物語が、愉快痛快すぎるのである。