走りながら病院の場所をたしかめ、英恵にも連絡を取り続けた。

 英恵は電話に出ない。LINEも既読にならない。

 病院は思いのほか小さいところのようだ。そんなところに、被害者とはいえなにかの事件の犯人かもしれない人物を、警察は入院させるだろうか。英恵は制服を着ていた。僕らの動画から制服を知っている犯人は、病院に立ち入ろうとする英恵を捕まえるんじゃないか。目撃者は消せとばかりにナイフでぶすり、なんてことになったらどうしよう。

 なぜ意識を取り戻したと連絡がきたときに、その可能性に気づかなかったのだ。

 いや、最初の間違いは、本物の母親だと信用してしまったことだ。

 家族ならたしかに、ほくろの位置を知っている。でも犯罪グループとして行動を共にしていたなら、覚えていてもおかしくはない。

 本橋竜太、その名前は本物だった。おそらく、僕らが警察から名前を知らされている可能性、名前を問い合わせる可能性を考えていたのだろう。僕らはほくろの位置で信用してしまったけれど、名前でさらに確認するかもしれないと。やつらはそこまで考慮に入れていたんだ。

 あー、もう、本当にバカだ。

 英恵、英恵はどうなってしまうのだろう。殺されないにしても、さらわれて別の犯罪に利用されるとか、ありえるじゃないか。

「オレ、本当に殺される」

 大哉が死にそうな声で言う。

「は?」

「英恵になにかあったら、英恵の親にも、オレの親にも殺される」

「なに、自分の心配してるんだよ。心配すべきは英恵ちゃんだろ!」

「おまえも殺されるぞ、穂高」

 角を曲がれば指定された病院だ。なにを気弱になっているんだよ。

「いいよ! 英恵ちゃんになにかあったら、殺されるまえに生きていけないって! 責任取って殺されるよ!」

 角を曲がった道の先に、パトカーが数台止まっていた。

「……え……」

 僕らの足は止まりそうになる。

「まさか」

 大哉がよろける。

「英恵ちゃん? 英恵ちゃ……、英恵ちゃーん!」

 僕は手前にいたパトカーに取りつくように腕を伸ばした。黒い服の男性が止めてくる。

「こらっ、やめなさい! あ、きみ、ピエロの子じゃないか」

 この間、僕を聴取した警察の人だ。

「英恵ちゃんは? 刺されたんですか? それとも殴られた? 生きてるんですか」

 呆れたような目になった警察の人は、そのまま笑いを浮かべた。

「そこにいるよ。もちろん生きている」

 彼の示す先に、スーツ姿の背の高い女性と話をする英恵の姿があった。

「英恵ちゃん!」

 呼びかけると、英恵が手を振った。

「そっちはどうなったぁ? 小野って人、本当にジャーナリストだった?」

「……へ?」

 どういう質問なんだ、と思った僕に、目の前にいる警察の人が声をかけてくる。

「そうだった。その人の名刺はきみが持っているのかな? 確認を取りたいので見せてくれるか?」

「え、あの、僕じゃなく、大哉が」

 うしろにいるはずと振り向くと、大哉は英恵のいるほうを見ながら、へたり込んでいた。

 

「だからね、榊原みずほさんというのは、警察のおねえさん。刑事さん。割と偉い人なんだってぇ。かっこよかったでしょ」

 つまり、英恵は最初から「本橋美津子」なる人物を怪しいと感じていて、警察に連絡を取っていたというわけだ。

 僕らはまた屋上に集まっていた。英恵の説明を拝聴するために。

 榊原というのが、病院のそばで英恵と話をしていた女性だ。たしかにスーツが似合っていてかっこよかった。最初の聴取のときに、英恵を担当した人だそうだ。警察では、女性の聴取には女性が立ち会わなくてはいけないらしい。

 中間試験が済むまでは警察に言わない、なぜなら勉強する時間を取られてしまうから、というのはあくまで大哉の都合。普段からまじめに勉強している英恵としては、不安を抱えているより警察に相談したほうが早いでしょ、というわけだ。

 本橋美津子、という名前が出て、警察は本物の本橋美津子、つまり被害者竜太の祖母に確認をしたようだ。当然、否定される。そのため犯人側が接触してきたのではと疑ったが、TikTok越しのため、警察ではコンタクトが取れない。アカウントを作って声をかけたら相手が消えてしまう。でも英恵も、さすがに試験直前に協力することはできないと答えたとか。

 そんななか、飛んで火にいる夏の虫さながらに、「本橋美津子」からメッセージが届いた。

 制服から高校がわかり、高校から試験日程を調べたのだろう。お礼を言いたいから来てほしい、という依頼に応えてくれそうな日まで待って、連絡をしてきたようだ。犯人たちが試験のあとの解放感まで計算に入れていたとしたら、たいしたものだ。

 よく考えればずっと怖がっていた英恵が、女友達を連れてとはいえ、会ったことのない人物に会いにいくなんてありえないのだ。気づくべきだった。

 そこからは僕らが想像プラス目撃したとおりだ。犯人側は、やってくるチームDARの誰かを捕まえようと病院のそばで待ち受ける。警察は、それを一網打尽にする。一網打尽かどうかまでは、僕らは犯罪グループの人数を知らないので、わからないけれど。

 ただ、僕らが知らされていなかっただけで、警察は居場所こそわからないものの、犯人の目星をある程度つけていたという。若い男性ばかりで、そのなかに中年の男性はいなかった。……つまり、小野健史郎らしき人物は。

 英恵は、小野という苗字のフリージャーナリストが接触してきた、ということだけは警察に伝えたけれど、名刺を見ていないため電話番号などの連絡先はわからなかった。また小野という苗字は、警察の会見に参加したマスコミの名簿にも、目星をつけた犯人候補や、本橋竜太の関係者にもいなかった。実は、小野健史郎なる名前は、偽名だったのだ。僕らから警察に情報が行ったら困ると、小野は考えたのだろう。

 警察は、僕か大哉から小野の連絡先を聞くべきか迷ったけれど、英恵が試験が終わるまで僕らを巻き込まないでほしいと頼みこんだことに加え、犯罪グループとかかわりなさそうなものは、手も足りないからと後回しになっていた。偽名小野の息子がかかわっているかもしれないという話が先に伝わっていれば、また違う展開だったかもしれないけど。

 その息子が、実際に犯罪グループにいたかどうかはわからない。それはそうか、僕らに知らせることじゃない。ネットニュースにも、本橋竜太をはじめ、十九歳以下の人の名前は載っていない。警察からは、特定少年の実名報道は重大事件での起訴後にしかされないから、絶対にしゃべるなと厳命された。漏れたら僕らをまず疑う、と。

 ちなみにテニス用のネットでぐるぐる巻きにされた偽名小野は、あのあとクラスの男子たちから解放され、自分の足で警察に出向いたという。ま、全部聞かれちゃってるしね。

「それにしても英恵さあ、先に言っておいてくれよ。オレら、まじ、ビビったんだぜ。英恵が殺されるんじゃないか、誘拐されるんじゃないか、ってさ」

「そうだよ。電話もLINEも返事してくれないしさ。人が悪いなあ」

 僕も大哉に同調する。――英恵ちゃんになにかあったら、殺されるまえに生きていけないって! 責任取って殺されるよ! ――と、角を曲がる前に叫んだあの言葉、聞かれただろうか。聞かれていないだろうか。

「だってぇ、ちょっとは焦ってくれないと、大哉、なにしでかすかわからないんだもん」

 そうか、英恵の心配は大哉か。……聞かれていないほうがいいな。

「おばさんも血圧が上がりっぱなしだって言っててさ。そうするとうちのママも、あんたがお目付け役なのに、なにやってるのって怒るしぃ。まじ困るんだもん」

「お目付け役だ? 英恵みたいなチビの子供が、失礼な」

 大哉が頬を膨らませる。

 え? お目付け役? ……そういうこと、なのかな。

 偽名小野の息子は、おさななじみの本橋竜太を放っておけなかったのだという。英恵も、おさななじみの大哉の無軌道さを、放っておけないのかもしれない。動画配信に参加すると言ってきたのも、それが理由だろうか。

 そういえば、野球部だった大哉の坊主頭を理由にして、自分自身も前髪命を理由にして、顔出しをしない流れに持っていったのは英恵だ。名前だって、自分がルビーと名乗ることによって、大哉という本名をユーチューバー名のような印象に持っていった。

 小柄で舌足らずなかわいい見かけだったから気づかなかったけれど、英恵はうまく大哉をコントロールしている。

 すごいな、英恵。

 僕はますます、英恵を好きになった。おさななじみでお目付け役、英恵が大哉に注ぐ温かい目がそれだけなら、僕にも、チャンスが残っているかもしれない。

「さてと。中間試験も終わったし、次の配信、どういうコンセプトで行く?」

 大哉が唐突に言う。

「えー。まだ懲りてなかったのぉ?」

 英恵が目を丸くしている。

「多少、ソフィスティケートさせながら、のんびり続けていこうよ。バズりは気にしないでさ」

 僕は提案する。

 空から音が聞こえてくる。青い空のなか、飛行機が目的地に向かっているのだ。そろそろ、ここも暑くなるだろう。

 

(了)