「肝試しのつもりだったのかな?」

 警察からは、かなり怒られた。住居侵入罪、だそうだ。

 先に侵入していたのは逃げた連中のほうです。怪しい物音がしたから不審を感じて入っただけです。という大哉の言い訳は、僕のピエロメイクのせいもあってか信用されなかった。

 それでも、僕らがたしかめに入ったおかげで、ひとりの命が助かったのはたしかだ。

 仰向けに腰かけている、と最初思った人間――男性は、椅子に縛りつけられていて、引きずった跡もあった。犯人たちは逃げるときに、彼を椅子ごと持っていくことができず、置いていったのだろう。警察を呼んでいる間に、僕らは何度か声を掛けたけれど、男性の反応はなかった。つまり、そのまま放置されていたら死んでいたわけだ。

 ほぼ、なにも見ても聞いてもいない大哉たちよりも、僕への聴取時間は長かった。でも僕だって、雨戸や、侵入防止格子戸と窓ガラスとカーテンらしきもの越しに音を聞いたというだけだ。室内に何人いたかわからない。逃げ去る足音はいくつだったか、車種はなんだったか、なんてのもわからない。勝手口側の道は裏通りだそうだ。防犯カメラ、あるといいな。

 時間だけははっきりしている。配信がスタートしたときだからだ。という話をすると、ますます怒られた。と同時に、僕のピエロメイクに納得もされた。ずっと呆れた目で見られていたのだ。

 三人ともに保護者が呼ばれ、厳重注意の上で解放された。本来は被害者、つまり住居の持ち主の許しが必要だけど、相続が宙に浮いた物件で、連絡を取るのに時間がかかる。だから今日は帰すけど、あとからまた来てもらうかもしれないよ、なんて脅された。

 犯人たち、何者だったんだろう。椅子の男性と犯人との関係とは? 大哉も僕も、気になっていた。男性の意識が戻れば誰が犯人かがわかって捕まるんじゃない? そんな話に落ち着いた。

 でも翌々日に載ったネット記事では、十八歳の少年が無人の住宅で発見されるも意識不明の重体、となっていた。十八歳? 僕らと二歳しか違わないじゃないか。

 

〈警察、口堅いなあ。全然その後のことを教えてくれねえの〉

 大哉からそんなグループLINEが僕らのところに届いたのは、月曜日の夜だ。放課後、急いで帰ったと思ったら、警察に突撃していただなんて。その行動力、もっと別のところに生かすべきでは。

〈警察が教えてくれるわけないと思うけど〉

 英恵が返信していた。僕もそう思う。

 くだんの記事には、もう少し続きがあった。被害者が発見された際に、複数人が乗ったとみられる黒い車が逃走しており、行方を追っていると。

 僕らは黒い車というのを目撃していないから、付近の防犯カメラがとらえていたのだろう。そこから犯人を見つけられないだろうか。

〈オレの推理。やつらはいわゆる特殊詐欺グループじゃないかな。電話をかけて、示談金がどうの還付金がどうのと言って騙すやつ。そいつらが、誰も住んでいない家を密かに拠点にしていた。家はでかいし、庭木が茂ってるから外からはバレないだろうと思ってさ。そんななかで仲間割れが発生したか、詐欺で得た金をネコババしようとかした少年Aを痛めつけた〉

 大哉からのメッセージが届く。記事には少年Aとは書かれていなかったけれど、便宜上、そう呼ぶことにしたようだ。

〈少年Aの目が覚めたら捕まっちゃうじゃない。死んだと思ったのかな〉

 僕も書きこむ。

〈トップの人間は、下っ端の少年Aの住所も家族も知ってるけど、少年Aのほうはトップの人間のこと、知らないんじゃないの?〉

 大哉にそう返信された。なるほど、それはありえる。少年Aの知らない人に襲わせた、なんてこともあるだろう。特殊詐欺グループによる犯行、当たっているんじゃないかな。

〈ああいう人たち、家族も脅しのネタにするってなにかで聞いたことあるよ。家族に被害が及ぶかも、って理由で逃げられないんだって。ひどいよね〉

 と英恵。

〈警察の人、ほかになにか言ってなかった? 僕らの住居侵入のこととか〉

〈あれはオレらを脅しただけだって。クラスの連中も、だいじょうぶだろって言ってたじゃん〉

 警察のお世話になった、という不名誉なできごとは、親からは一ヵ月分の小遣い停止とともに厳しく叱られたけれど、クラスではもてはやされた。大哉のキャラと説明のおかげだ。オレらが騒いだからそいつは殺されずにすんだんだ、オレたちヒーローじゃね? と盛っていたのだ。

〈クラスメイトに法律の専門家なんていないでしょ。しばらくおとなしくしていようよ〉

 英恵も親に怒られたと言っていた。大哉は平気なのか?

〈たしかにそうだけど、探偵ダイヤとしては事件が気になるわけよ〉

〈まさか配信ネタにしないよね〉

 そう訊ねる。あのとき家の中を撮っていた録画は、大哉のスマホの中だ。まさかあんなものを配信するとは思えないけれど。

 ……ん? 配信?

 僕は慌ててチームDARのチャンネルをたしかめる。先週金曜日の生配信の分が、残っていた。緊急で動画を回しています、と大哉が宣言して僕が駆け寄り、ピエロの顔が出て、次に家が映って、終了します宣言、で一分と少しほどのものだ。

〈大哉、生配信、そのままアップしてたの?〉

〈うん、いつもそうしてるじゃん。生配信は、ナマ感がキモだから、アーカイブは編集なしですぐに出すよね〉

〈事件だよ。人が殺されそうになったんだよ。まずいって〉

 僕は注意をうながした。

〈犯人や被害者が映ってるならともかく、家とピエロだけだろ。誰もわかんないよ。穂高とオレの慌て方が面白いから出したんだ。再生回数もそう伸びていないし〉

 大哉は相手にしてくれない。

〈消して〉

 さすがにシャレにならない。

〈気にしすぎじゃね?〉

〈消したほうがいいと思います!〉

 怒っている顔のスタンプとともに、しばらく返答のなかった英恵から届いた。続けてもうひとつ。

〈さっき、犯人はひどいことをするって話をしたばかりじゃない。気づかれたら大変だよ〉

 英恵はあの日、警察が来るまえから泣いていた。そりゃあ、怖いよな。知らない人とはいえ、縛られたうえに殴られて意識のない人間がそこにいるんだから。

〈わかったよ〉

 大哉はやっと折れてくれた。

〈TikTokの予告動画もだよ〉

 僕は念を押す。

 間をおかず、警察からあの動画を消しなさいと連絡があった。さすが警察、バレてたか。もう消しましたよ、とほっとしながら答える。

 だけど忘れていたんだ。TikTokはYouTubeより簡単に保存できてシェアもできるって。踊ってみた動画を撮っているクラスメイトが、自分たちの動画のなかで僕らのことを話題に出してしまっていた。

 大哉の言ったまんまを真に受けて、彼らが騒いだからその人は殺されずにすんだ、彼らはヒーローだと。そして予告動画がシェアされ、広まった。

 

 

 その男が高校の近くにやってきたのは、それから一週間ほど経ったころだ。毎週金曜日の夜に行っている配信は、「ごめんね、学校が忙しくて休憩中です」という短い動画を出しただけにした。

 実際、前期の中間試験が明後日からと間近に迫っていて、勉強をする時間が必要だった。大哉も、いつもよりまじめに授業を受けている。

 クラスで最も頭がいいと評判の男子、はやしが、放課後に教室で勉強会のようなものを開いてくれて、僕も大哉も参加していた。もちろん参加していない子もいるけど。

 その参加せずに帰宅したはずのひとりの男子が、教室に戻ってきた。

「忘れ物?」

 林葉が訊ねる。

「ううん。大哉……とアンバー? 穂高のことだよな。おまえらに会いたいって人が校門の近くにいるんだよ。話しかけられちゃった。中年の男」

 そう言われて、大哉と顔を見合わせる。

「どういうこと? てか、アンバーって呼んでくるってことは、チームDARのチャンネルを見て、ってことだよな」

 大哉の言葉に僕もうなずいた。中年の男っていうのが警察だったら、フルネームまたは苗字で呼ぶはずだ。……なんか、やばい感じがする。

「僕らの名前、伝えたの?」

「伝えてない。ダイヤとアンバーって、訊かれたままで答えている。ただ、その、わりぃ。ぼく、TikTokで踊ってるから顔を知られてるんだろうな。ふたりの連絡先を知りたいと言われた。でもそんなもん、本人にたしかめなきゃ渡せないだろ。だから学校に残ってるかどうか確認してくるって返事した。どうする?」

 ああ、なんてことだ。

「その男、自分は名乗ったのか?」

 大哉の質問に、「ううん」とそいつは答える。

 ますますやばい。

 そういえば中学生に向けての受験のコツを配信したときに、制服のままで動画に出た。そのほうが本物の高校生だと思ってもらえるからだ。しまった。あれで高校がバレたんだ。

「よし。オレ、行ってくるわ。用件を確かめて、追っ払う」

「よせよ、大哉。変なやつだったらどうするんだよ。知らないふりをしないと」

 僕は止める。

「変なやつかもしれないから、行くんだよ。オレらならまだいいよ。でも英恵に突撃されたら困るだろ」

 たしかに、と思った。英恵を守らなくてはいけない。ただ、大哉は大哉で突拍子もないことをしでかすから、任せておけない。

「僕も行く」

 そう言うと、勉強会に参加していた男子が次々に手を挙げた。

「俺も行くぞー」

「ぼくも行く」

「もちろんだ!」

 ノリがいいというか、アホというか、みんな試験前だというのになにをやっているのだ。講師をしていた林葉まで手を挙げていた。だけど大人数で行けば、誰がダイヤとアンバーなのかわからなくなる。

「分身の術だな」

 大哉が、当たっているようないないような、たとえ方をした。

 僕たちは連れ立って、校門へと向かった。総勢で八、九人にはなっただろうか。校門を出た少し先のあたりに立っていた男が、ぎょっとしたような顔をした。

「あんたか、チームDARに会いたいってやつは。なんの用だよ」

 声をかけたのは大哉だ。

「きみがダイヤくん? アンバーくん?」

 男が訊ねる。中年……四十五歳の僕の父親と同じくらいの年頃だ。痩せて、目の下に隈があり、少し暗い印象がある。

「用件もわからないのに、誰がそいつらかは言えない。なにより、自分の名を名乗らずに他人に名を訊くのは筋が通らない」

「これは失礼」

 男はポケットから小銭入れのようなものを取り出した。そこから紙を出す。名刺だ。大哉に渡している。

小野おのという名前だ。ジャーナリスト、つまり記者だ。ダイヤくんとアンバーくんが、意識不明となった少年を発見したと聞いて、詳しい話を伺いたいと思ってね」

 大哉が名刺を僕に見せてきた。みんなが覗きこんでくる。小野けんろう、フリージャーナリスト、頭にMobileと書かれた電話番号、メールアドレス、それだけだ。フリーって人は、会社も住所も載せないものなんだろうか。

「ぼくもほしいです」

「俺もです」

「同じく」

 みんながわらわらと、男――小野に手を出している。

「そんなに持っていない! 渡す必要があるのはダイヤくんとアンバーくんだけだ」

 そうなの? そういうもの? まったくわからないけど、怪しくないか?

「それで誰がダイヤくん? アンバーくんは? そのときの状況を教えてほしい。犯人の顔を見ているかな。ほかの犯人も若い、つまり発見された少年と同じ年頃だった?」

「なんでそういうの話さなくちゃいけないわけ?」

 大哉が訊く。

「そりゃあ、世間が知りたいからだよ。犯人が捕まったという情報はまだだからね。犯人たちのことを教えてくれないか」

「義務じゃないだろ」

 小野が、大哉の顔をじっと見ている。

「なるほど。きみがダイヤくんなんだね。きみは犯人を見た? ピエロの子はどっち? ダイヤくん? アンバーくん?」

 小野が僕らを見回している。

「答えられないな。オレがダイヤかどうかも含めてな」

 大哉が小野を睨みつける。

 林葉が大哉と小野の間に割って入った。

「ぼくがアンバーかどうかはおいといて、ぼくら明後日から中間試験なんですよ。帰ってくれませんか。先生を呼んできますよ」

「きみは……アンバーくんじゃないね。声が違う。でも、そうか、試験か。それは邪魔をしては申し訳ないな。終わるのはいつ?」

 やむを得ないといったようすで、林葉が終了日を教えた。

「ダイヤくん、きみのスマホの電話番号を教えてくれない? LINEでもいいけれど」

 小野が、大哉を見ながらそう言う。

「それはひっかけ? オレがダイヤかどうか、まだ不明のままだよ」

「なるほど。頭がいいね。仕方ないな、また来るよ」

 そう言って、小野は帰っていった。

 大哉がダイヤかどうかを声で判断したのだろう。声、出さなくてよかった。

 

(つづく)