空から音が聞こえた。

 うちの高校はどこかの航路になっているらしく、飛行場はそれほど近くないものの、ときおり機影が見える。

 校舎の屋上、初夏の風、青い空、と青春そのものの僕ら三人が膝を突きあわせて見ているのは、しかし、スマホだ。いくつかの動画を見て、研究中なのだ。

「飛行機が飛び立つところを配信するってのはどうだ?」

 すなだいが提案してきた。それ脊髄反射じゃん、と思いつつ、僕は控えめに反対意見を述べる。

「滑走路からぐわーっと撮れるならかっこいいねー。ただ僕らには横からのアングルしか撮れないし、迫力不足っていうか地味かなあ」

「あたしもだかくんに賛成ぇ。それにそういうのってもう、飛行機に詳しい人があーだこーだって解説付きでやってるんじゃないぃ?」

 うえはなが、舌足らずに語る。高めの声がかわいらしいと、視聴者には人気だ。たまに「鼻につく」とコメントされるけど、素だ。身長も小柄で、つまり、全体にかわいい。

「なにかバズる動画はないかなあ。再生回数、全然伸びないじゃん。やっぱオレがこのイケてる顔を出すべきじゃね?」

「坊主頭になった髪が伸びるまではイケてなくない? ってあたしが言ったら、じゃあ顔出しはやめとく、って答えたのは誰?」

 大哉の愚痴を、英恵が煽る。大哉は、人気に惹かれて硬式野球部に入ったけれど、いまどきありえないシゴキを受けたとすっぱり辞めた。「動画配信してぶちまけてやる」といきり立っていたので、火の粉が自分にも飛んでくるよとなだめたが、配信の仕組みもアプリも研究済みだと手回しが良すぎて引こうとしなかったので、なかばなだめるつもりで、配信だけははじめることとなった。クラスメイトのなかにはTikTokで踊っているやつがいて人気を博しているし、僕としてもそういうものへのハードルは低かった。

 TikTokは流せる時間が短いから、本格的にやるならYouTubeのほうだと大哉に主張され、わからないままうなずいた。そんな僕、桐谷きりたに穂高と大哉が仲良くなったきっかけは、クラスの席が隣だったことだ。あまりに普通すぎる理由だけど、僕は人見知りなので、明るい大哉に話しかけてもらえて嬉しかった。大哉のキャラのおかげで、いじめのターゲットにならずにすみそう、とほっとしたこともたしかだ。入学して二ヵ月弱が過ぎてみれば、そんな心配なんて要らない、ノリも仲もいいクラスだけど。

「穂高と英恵は、顔、出せるじゃん。特に英恵、かわいい声がウケてるし」

「前髪命だからやだ」

「なんだそりゃ?」

 大哉が即つっこむ。僕も、はあ? だけど。

「動画だから動くよね。動くと前髪が乱れるでしょ。それがネットに残るなんて嫌。最初に言わなかったっけ?」

「そういやそんな話をしてたな。穂高は?」

「僕も恥ずかしいから……」

 頭を下げる。恥ずかしいならなぜ動画配信の提案に乗ったのだ、と大哉の顔に書いてあったけど、それ以上を言わなかった。友達に誘われたからだと、理由はわかってるのだろう。

 英恵も、大哉が動画配信を考えていることを聞きつけて、自分も参加したいと言ってきた。英恵は別のクラスだけど、大哉のおさななじみだそうだ。大哉は英恵の意見を、うっとうしがりながらも受け入れている。例えば、時間について。僕らが配信を行うのは金曜の夜としている。これは、時間を決めておいたほうが配信する僕らも楽だし、視聴者もアクセスしやすいのではないか、と英恵が言ったからだ。

 英恵が大哉を見る目には、いつも温かみがある。大哉のことが好きなんだろう。

 顔出しをしてもいいと主張したぐらいだから、大哉はユーチューバーとしての名前も本名でいくと譲らなかった。そうしたら英恵がこう言ったのだ。

「大哉は名前がかっこいいからいいけどぉ、ハナエなんて、おばさんっぽいから嫌。あたし、ルビーにする。ダイヤとルビーと、えー、穂高くんは……エメラルドかサファイア、どっちがいい?」

 なぜその名前に? と訊いたら、そのよっつが世界の四大宝石なのだそうだ。だけどエメラルドもサファイアも女の子みたいだ。抵抗し、宝石の名前が書かれたサイトを睨んで決めた結果、僕の名前はアンバーとなった。琥珀だ。虎の字が入っているから強そうだし、悪くはないだろう。

 グループとしての名前は、チームDAR、それぞれの頭文字をつなげただけだ。ダーじゃなく、ディーエーアールと呼んでいる。最初は、全員が四月生まれだったのでエイプリルと名付けようとしたけれど、人名やグループ名などにあるようなのでやめた。

「やっぱ、ネタだよなあ。受けそうなの、なんかあるかな」

 大哉がそう言って考え込む。僕も英恵も、首をひねる。風が吹いてきて、英恵の前髪が崩された。前髪、あってもかわいいけど、なくてもかわいい。

 そのようすをぼんやりと見ていたら、おまえはどうだと大哉に言われた。慌てて、意見とも言えない意見を述べる。

「自分たちじゃないとできないネタじゃないかなあ」

「北高の自分たちとかそういう意味? 中学生に向けての受験のコツとか?」

 英恵が答える。野球部の強い我が北高は、その応援をする吹奏楽部もまた県内で有名とあって、大学進学率がさほど高くない割には人気のある高校だ。

「やろーぜ、それ。手っ取り早い」

 大哉がすかさず手を挙げる。英恵が困った顔になった。冗談のつもりだったのか。

「自分で言っておいてなんだけどぉ、それも地味だと思う。ガチの進学校にはかなわなくない?」

「でももう日がないし、毎週一本は上げないと視聴者に覚えてもらえないだろ」

 決まり、とばかりに大哉は台本を練りはじめた。休日の過ごし方、アプリでの勉強時間の管理、と次々にアイディアを出す。こうなるともう止められない。早速、TikTokに予告映像を載せた。

 短時間で次々と流れるTikTokで興味を惹き、本編のYouTubeに誘導して観てもらう、というのが僕らのやり方だ。もちろん、本編の切り抜き動画もTikTokに置いてコマーシャル代わりにしている。

 突貫工事で作られた受験のコツの動画は、当日はもちろん、土曜日も日曜日も、ほとんど再生回数は伸びなかった。

 

 

 落ち込んでいると思った大哉だけど、週明けに教室で顔を合わせてすぐ、興奮したようすでスマホの動画を見せてきた。

「次回! 廃墟を撮りに行こう。生配信しようぜ」

「廃墟?」

「うちの町内のはずれに豪邸があるんだけど、一昨年、持ち主だった老人が亡くなって、そのまま誰も住んでないんだ。子供だか孫だかは外国に住んでるうえに、相続問題もあって更地にできてないんだってさ」

 それは廃墟というより廃屋では。いやそれよりも。

「他人の家に勝手に入るってこと? やばくない?」

「家の中には入らないよ。庭の木が茂っててすごいんだ、ほら。でも入ろうと思えば入れるんじゃないかな。二階の窓が割れてるから、木を登っていけばなんとか」

 大哉が液晶画面を拡大して見せてくる。うっそうとした木々の間に覗いている家の窓は、たしかに割れているように見える。

「木を登る? 冗談きついって」

「注意喚起の意味もあるんだぜ。親が言ってたんだけど、放置されたままの空き家があるのは安全上よくないって、町内会でも問題になってるそうだ」

「誰に対する注意喚起なの?」

「相続人かな。こんなことになってるから早くなんとかしろっていう」

「……外国にいる人に届くとは思えない」

「似たような空き家は全国にいくらでもあるし、ほかの家の相続人たちにも届くって。ってわけで決定な。予告編も作って流したから」

 大哉はそれまで見ていた写真フォルダから、TikTokにアプリを切り替えた。緊急告知、という派手な文字とともに、昼間に撮られたであろう家が、加工によって暗い色へと沈んでいく。

「相談なしにやるなよー。英恵ちゃんは知ってるの?」

「これから言う」

 

 芸術科目の選択授業に向かう途中、廊下での立ち話で知らされた英恵は、ぽかんと口を開けていた。大哉は音楽選択、僕と英恵は美術選択なので、あとはまかせたとばかりに大哉は音楽室のほうに行ってしまう。

「大哉らしいねえ。でも怒られそうだよね」

 英恵が、まだ困った顔のままで言う。芸術は複数クラス合同の授業なので、別のクラスの英恵と一緒なのだ。

「うん、バレたら怒られると思う。けど、どうやって大哉を止めればいいんだろう。難しいよね」

「あたしたち、顔出しをしてないから、どこまでバレるかによるかもねぇ」

 美術室に入ったあと、英恵は奥の席へと向かっていった。僕も、僕のクラスの生徒が集まるあたりへと進む。壁に飾られた絵の数々が目に入った。僕らのような一般生徒の描いたものではなく、美術部員の作品なので上手だ。

 一枚の絵が目に留まった。……そうだ。

 僕はあとから来た子とぶつかりかけながら、英恵のそばに寄っていった。

「思いついた。いい作戦がある」

 

 大哉を驚かせて早々に撤退させよう、それが僕の提案した作戦だ。英恵も賛成してくれた。まずは、僕に急なことがあって集合時間に間に合わないから、ふたりは先に行っててくれ、と連絡する。

 その間に僕は、問題の廃屋に先回りをした。住所は聞いていたし、予告として流したTikTokから外観もわかる。って、だいたいこの動画も、勝手に撮ってよかったのかな。

 外構に幅の広いフェンスを持った家で、そのフェンスの隙間から、突き破るかんじで木々の葉が伸びていた。高さもまたあるフェンスだけど、さらにその上に、もこっと葉が載っている。たしかにこれは近所迷惑だ。門扉はあったけれど鍵の部分が壊れていて、簡単に庭に入ることができた。

 陽は沈んだけど、あたりはまだ薄暗くて目もきく。

 どこで待って驚かせばいいだろう。木々は多く、隠れる場所はたくさんあるものの、木の根元は草がボウボウで虫がいそうだ。玄関に向けてレンガが敷かれていて、その継ぎ目からも草が高く伸びていた。とはいえ木のあるところよりまだマシだ。

 レンガの中央あたりを選んで歩く。門から玄関までは、一歩、二歩先なんてものじゃなく、数メートルほど距離があった。家屋に近づいていくと、玄関のある正面側から左九十度となる側面が木々の間に見えて、その壁面に沿ってテラスというかデッキというか、そんなものがあるとわかった。軒下までぼさぼさと木の枝が迫ってきているものの、足元はフラットだ。あそこがいいかもしれない。庭から入れる階段もついている。

 僕はテラスに上った。テラスの窓は全面、金属製の雨戸で覆われている。家の奥、向こう側が垣間見えた。そちらにも門らしきものがある。つまり、家の前もうしろも道路ということだ。たしかに豪邸と言えるだろう。

 その門の先で、車の通る音がした。僕は思わず身を縮める。

 と同時に、うめき声のようなものが聞こえた。

 どこからだ? そう思って、こわごわあたりを見回す。

 そこでやっと、雨戸のついていないテラス脇の小窓の向こうで、かすかな光の筋が動いていることに気がついた。

 人がいる。

 僕は息を殺した。耳に意識を集中させる。なにか鈍い音がした。そしてまた苦しそうなうめき声。わずかに聞こえる話し声。……え、殺す?

 やばい。これはまじにまずい。違う言葉を〝殺す〟と聞き取ってしまっただけかもしれないけど、まともな人間は他人の家に入り込まない。逃げよう。

 走りたい。でも足音を立てないようにしないと。

 僕は震える足でテラスを下り、玄関の脇を通り、レンガを踏む。もう走ってもいいだろうか。

 そのときだ。

「緊急で動画を回しています!」

 正面の門扉のあたりから、大哉の声がした。しまった、もう配信の時間?

 だめだ、来るな、と叫ぶわけにもいかない。僕は走った。大哉と英恵が目の前に迫る。大哉の口をふさがないと。

「うおぉおおおっ?」

 大哉が大声を出した。ビビったのか、半歩ほど後ろに下がっている。それでもスマホは手放さない。英恵がそれを見て含み笑いをしている。

「黙って。逃げるんだ」

 僕は小声で命じた。

 最初は混乱していた大哉だが、僕だと気づいたのか、すぐに爆笑した。

「なーにやってんだ、おまえ。いやアンバー。みなさん! 見てください。オレの仲間は最高です」

「やめろよ、映すな。いいから回れ右、逃げるの。人がいる」

「人? 人じゃないだろ。それ、だ」

 スマホは僕をとらえたままだ。

「そういうことじゃなくって。家の中に人がいるんだ。それもやばそうな連中が。逃げないと――」

 僕の背後で大きな音がした。大哉がスマホをそちらに、家のほうへと向ける。足音らしきものがして、ややあって、バタンバタンとなにかを閉める音、そして走り去る車の音がした。

「……なに、今の」

 英恵が不安げな声を出した。

「向こうが逃げた、のかな」

 僕は応じる。物音はしない。

「木が邪魔で映せてないなあ」

 大哉はまだスマホを家のほうに向けている。

「配信を止めろって。……すみません、みなさん。ちょっと緊急のことが起こりました。このまま終わります。もう消して!」

 僕は大哉のスマホを上から手で押さえた。「わかった」とつぶやいた大哉が、スマホをおろす。それで? とばかりにこちらを見てくる。

「どういうことなんだ? てかその顔、ペニーワイズ? ジョーカー? どっちのつもりだよ」

 彼らはピエロ、またそのメイクをした物語のキャラクターだ。映画にもなっている。美術室でピエロの絵を見た僕は、大哉を驚かせるためにメイクをしてそれっぽい帽子を被っていた。さっきみたいに、慌てた大哉が顔を映すかもしれないので、その対策も兼ねたのだ。英恵も賛成してくれた。それが逆効果になるとは。

「普通にピエロだよ。いいから帰ろう。さっきの連中が戻ってきたらまずい」

「連中ってなんだ? やばいとか言ってたけど」

 大哉が訊ねてくる。

「知らないよ。でも家の中から、人を殴ってるみたいな音がしたんだ。うめき声も。あと……殺すって聞こえた。だから早く」

「まじやばいじゃん。中、どうなってるの」

 大哉がレンガの道を進んでいく。僕は焦って追いかけた。

「よせよ、大哉。誰か残ってたらどうするんだ」

「ちょっと怖いぃ。やめようよぉ」

 英恵が弱々しい声で止める。

「怖いなら先に帰ってろよ。オレがたしかめてくる。穂高、来いよ」

「ひとりになるほうが怖いってばぁ」

 陽はどんどんと暮れていく。僕は持っていた懐中電灯を点けた。英恵を励ますように言う。

「三人で固まろう。大哉、一瞬見るだけだからな。見たらすぐ帰るよ」

 玄関の扉には鍵がかかっていた。でもさっきの連中は反対側の門から外に出ているわけで、そちらにも出入口があるはずだ。僕らは、テラスに上って向こう側に下りる形で家屋を回りこんだ。案の定、開いたままの扉がある。勝手口のようだ。

「大変です。ここの鍵が壊されているようです」

 大哉がスマホを向けている。

「配信、やめろってば」

「録画してるだけだよ。あとで使えるかもしれないだろ」

 僕の注意をいなすように遮った大哉が、家の中に光を当て、スマホを掲げる。

 懐中電灯の光を、僕も奥へと向けた。土足で申し訳ないと思いつつ、家の中に入っていく。

 扉をふたつ開けた先に、それはいた。倒れた椅子に、仰向けに腰かけている人間が。

 英恵が悲鳴を上げた。僕も腰を抜かしかけてしゃがみこんでしまう。大哉のスマホを持つ手が固まっている。

 

(つづく)