5
緊急事態だ、と英恵にLINEをして、屋上に集まった。
「帰りかけてたのにぃ。試験、明後日からだよ。勉強、しなきゃでしょぉ」
英恵は頬を膨らませている。大哉がなだめ、改めて口にする。
「ぜっってえ、あいつ怪しいって」
「うん。だってピエロを知ってるってことは、ほんの短期間だけしか配信されなかったYouTubeの動画を見てるってことだよね。いくらジャーナリストだからって、そこまでチェックする?」
僕は疑問を呈する。
「犯人、かもしれないな。オレたちが顔を見ているかどうか、確認したかったんじゃないか?」
大哉が重々しい表情で言う。
「えー? 顔も姿も見てないよ。全然見てない。見てないって、言ったほうがよかったんじゃない?」
僕は焦って、両手まで振った。
「言ったところで、信用してもらえるかどうかはわからない。目撃した可能性があるからあいつらを消せ、ってことになったら、困るじゃん」
大哉が言う。消せ、ってそんな。
「警察、行こうよぉ。変な人がやってきたって言って。あたし、もうやだー」
「今はダメだ」
大哉は首を振る。「はあ?」と英恵とふたりして訊き返した。
「この間、警察の取り調べ、めっちゃ時間食ったじゃないか。試験前にそんな時間あるか? 行くなら試験が終わってからだ」
「冗談でしょお。試験と犯人とどっちが大事? 犯人と、っていうか、怪しい人を知らせるのと」
僕も英恵の意見に賛成だ。大きくうなずく。
「ダメなんだ。オレが殺される、親に」
再び、「はあ?」という声が重なる。
「ふたりもそうだと思うけど、この間のことで親にめちゃ怒られたよな? オレ、今回の中間試験で全科目、八十点以上取らないと、家から追い出すって言われたんだ。今でさえ難しいのに、これで勉強する時間がなくなると、本当にやばい」
「ああ……、おばさんたちならやるかも」
英恵が納得したような声を出す。
「やるって、本当に追い出すってこと?」
「小学生のとき、大哉、家に入れてもらえなくて泣いてたことがあったの。仕方がないからうちに連れてきて、夕食も食べてないって言うからママがご飯を出して。でもおばさんが、しつけにならないからダメですって連れ戻しにきた。結局、シャッター式物置っていうの? 大哉んちの庭にあるそこで、大哉は一晩を過ごしたんだっけ」
英恵の言葉が終わるか終わらないかのうちに、大哉が前のめりで言う。
「だからお願いだ。中間試験が終わるまで待ってくれ。その代わり必ず、終わったら警察行くから」
親を説得したほうがいいんじゃないかと思ったけど、僕は大哉の親を知らない。この間、挨拶をしただけだ。英恵のほうがずっと詳しいだろう。そしてその英恵は、考え込んでいた。
「……わかった。顔出し、してなくて正解だったねぇ」
ぼそりと言って、ため息をついていた。大哉がそんな英恵を拝んでいる。
「いったん、チームDARのチャンネルを閉じない? 顔は出してないけど、ほかの動画に、もしもの映り込みがあったらまずいよね。英恵ちゃんの声も特徴あるし」
僕は提案した。「賛成」と英恵が手を挙げる。
「それはもったいないよ。閉じるんじゃなくて、非公開にしよう。で、事件が解決したら再公開する」
大哉なら、たぶんそう言うんじゃないかと思ったとおりのことを言った。
TikTokのほうも非公開アカウントにしようと、アプリを開く。フォローのリクエストとDMが届いていた。
「なんか来てる。お礼だって」
「お礼?」
ふたりから同時に問われる。
「先日はあの廃屋で息子の命を助けてくださり、ありがとうございました。親である私ども、感謝してもしきれません、って」
三人で、顔を見合わせた。あの椅子に縛られていた少年A――の親ということだろうか。
「これは……本物の親? それとも偽物の誰か?」
大哉が考えこむ。
「さっきの小野じゃないかな。電話番号もLINEも手に入らなかったから、DMを送ってきたんじゃないの?」
僕はそう答える。
「さっきの、っていうのはいつ? あたしにLINEが来る前?」
英恵にLINEを送ったのは、小野と別れてすぐのことだ。時間を確認する。DMのほうが先の時間だった。小野と会った時間よりも早い。
「ってことは別の人?」
僕の言葉に、大哉が首を振る。
「いや、別の人のふりをしているだけかもしれない。ああいう連中、情報を取るためならなんでもするんじゃないか?」
「でももしもジャーナリストという触れ込みが本当なら、信頼を失わせる行為だよ」
と僕。英恵が続ける。
「名前を訊いてみたら? このアカウント名、名前じゃないし。あ、動画もただ花が映ってるだけ。作られて間もない」
「怪しい!」
被せるように大哉が言う。アカウント名は、サンクスフォーユーだった。
「でもTikTokだよ。親の世代でアカウントをもともと持っている人、少なくない? 僕らにDMを送るためだけに作ったもので、そしてこのアカウント名、なんじゃない?」
僕の意見に、ふたりがまた考え込む。
「名前を訊いても、相手が本物かどうかわからないな。だって少年Aの名前、オレら知らされてないし。警察に訊いても教えてくれないだろうし」
大哉はそう言う。英恵がじれったそうに訊ねてくる。
「じゃあどうすればいいの? 訊くだけでも訊いたら? あとから検証できるかもしれないよぉ」
しばらくスマホを睨んでいた大哉が、ひらめいたように素早く、別のアプリを液晶画面に出した。動画だ。
懐中電灯の光の中、扉が浮かぶ。ドアノブのあたりをクローズアップしたあと、室内を映している。
「それ、この間の」
僕は思わず声に出た。
画面の中、倒れた椅子と、そこに縛り付けられた少年Aが現れる。英恵の声で悲鳴が入る。画面はいったん止まっていたけれど、しばらくしてから少年Aをアップで映す。
「大哉、そんなの撮ってたの? やばいよ」
僕は大哉のスマホに手を伸ばした。大哉がそれをかわす。
「外に出す気はないよ。けど、これ、証拠になる」
大哉が、DMの返信を打ち込んだ。
――ごていねいにありがとうございます。でもあなたがあの少年の親だと確認させてください。彼の頬には目立つほくろがありました。右ですか左ですか。
「どういうこと?」
僕は大哉をまじまじと見た。大哉がにやりと笑っている。
しばらくして、返信がやってきた。
――なんのことでしょう。あの子の頬には、まったくないとは言いませんが、目立つほくろはありませんよ。額のほくろの話でしょうか。
「正解」
大哉が言う。
「ひっかけか」
さっき、カメラは舐めるように男性の顔を映していたけれど、右にも左にも、頬にはほくろはなかったのだ。あったのは、額だ。
「そ。ほらさっき、小野ってやつのひっかけにもかからなかっただろ。オレ、こういうの得意なんだ。この人は本物の親だ」
そこから、DMの相手とのやりとりが少し続いた。相手からは改めてのお礼があった。なにか贈りたいというが、それは遠慮しておいた。その後の少年の具合はどうなのか、犯人は捕まったのか、と訊ねると、まだ意識がない、犯人も捕まっていない、と返信があった。
大哉が、結局犯人は何者なのか、どういう事件だったのか、とつっこむと、警察から説明がないのでわからない、と返ってきた。
「あっても、他人には言えないのかもしれないな」
大哉の言葉に、僕もうなずく。そういうものなんだろう。
「一応、名前も訊いておこうよぉ」
英恵がねだる。本橋竜太、というのがあの少年の名前だという。自分の名前は本橋美津子だと、付け加えられていた。親というのは、母親のほうだったか。
念のため、両方の名前を複数のSNSで検索した。残念ながら、その名前のアカウントは見つけられなかった。本名のままやっている人も、少ないだろうけど。
6
中間試験が終わった。
僕ら三人は、解放感を抱きながら屋上に集まっていた。
大哉は八十点ボーダーくらいではないかという。結果が戻ってくるまでの数日、ドキドキしながら過ごすのだろう。
僕が感じているのは別のドキドキだ。さあいよいよ、警察に小野について相談しなくては。
「それなんだけどさ。どうせならオレたちで捕まえない?」
大哉が提案してくる。
「危ないよぉ」
英恵が呆れたように言う。僕も続けた。
「捕まえるっていっても、犯人なのか、本当にジャーナリストなのか、まだわからないじゃない」
「そこは問い詰め方次第だろ。オレにまかせておけって」
ひっかけが得意だという大哉は自信をのぞかせる。すぐさま名刺の電話番号に電話をかけていた。ピエロに会わせるから学校に来てほしいと言う。
「え? 僕に?」
小声で大哉に訊ねた。大哉はスマホの送話口を手でふさいで話しかけてくる。
「だいじょうぶ。オレがアンバーのふりをしてもいいし、なにより、そのまえに終わる」
話がまとまったようで、三十分後に、前回と同じ校門の近くで、と約束していた。
「よし。じゃあ人数を集めよう。この間みたいに、大人数なら対抗できる。まだみんな、教室にいるかな」
クラスのグループLINEに連絡するのだろう、大哉がスマホをいじる。僕もスマホを出す。
「あれ」
TikTokにDMが入っていた。例のサンクスフォーユー、本橋美津子からだ。
――目が覚めました! 竜太、意識を取り戻しました! ありがとうございます。本当にありがとうございました。
「おー。あの竜太って人、意識が戻ったって」
僕が告げると、大哉が右手を大きく挙げた。
「やったな、幸先いいじゃん」
――竜太もみなさんにお礼が言いたいと言っております。病院にいらしてください。
「今からってこと? それは無理だよ。これから小野と会うんだし」
大哉がそう言い、用があると返答していた。しかし相手の返事はこうだ。
――面会時間が限られているんです。それにお医者さまによると、もしかしたらの確率だけど、再び意識がなくなる可能性があると。その場合は危なくて、お礼を言わないままになってしまうかもしれません。それは竜太も本意ではないでしょう。
病院の名前とともに、再度、お願いしますというメッセージがやってきた。
「どうするよ。ヒーローとしては受けたいところだが。ネタ的にもおいしいし」
「大哉、配信は考えちゃダメだよ。病院だからね」
僕は軽く睨む。
「あたし、行ってこようかなぁ」
英恵がつぶやくように言った。
「え。あ、そうか? ……そうか。じゃあこっちを」
大哉がそう言って、電話をかけだした。相手は小野だ。小野のほうに時間を変更してもらうのだろう。しかし、出ない。
「えー。くそお。なんでこんなダブルブッキングになるんだよ」
まだ本橋のほうとはブッキングしていないけれど。
「一緒にきてくれるって子がいた。病院、行ってくるぅ」
大哉の電話の間に、LINEかなにかで連絡して誰かを誘ったのだろう、英恵が立ち上がる。DMのほうにも、お伺いします、という英恵の書いた返事が上がっていた。
「ちぇー。いいところ持ってかれちゃった。穂高、おまえはどうする?」
「僕?」
どうしよう。英恵もだけど、大哉も心配だ。ぺろっと僕の名前を出されても困るし。
「英恵ちゃん、一緒にきてくれる子って、誰?」
僕は英恵に訊ねる。
「ふたりとも、知らないと思うよ、榊原さん。榊原みずほさん」
英恵のクラスの子かな。わからないけど、まかせよう。僕は答えた。
「小野を捕まえる」
クラスのグループLINEにも、よしきた、OK、了解、などと返信が入っていた。手伝ってもらう以上、僕も参加しないわけにはいかない。
じゃああとで、と英恵と別れた。クラスの男子のほとんどとともに、ぞろぞろと校門を出る。
「こんにちは、小野さん」
小野を見つけた大哉が、声をかける。小野が目を白黒とさせている。それはそうだろう。僕らのまわりには十数名の男子がいるのだ。それも、試験が終わったばかりの高揚感のなか、半分敵と認識している相手を睨む目をした男子が。ヤンキー映画さながらだ。
「ピエロに会わせるっていう話だったけれど、どの子?」
大人としてはビビるわけにはいかない、そんなようすで小野が口を開く。
「学校にいます。来てくれます?」
大哉が校舎のほうを指さす。
学校内に立ち入ってもいいの? オレらが一緒だからいいですよ、そんな会話をしながら校庭を横切った。
案内したのは、体育館の裏にある用具倉庫だ。
扉が閉まる。外に、ひとりが見張りとして立った。
「どういうつもりなんだね」
険しい声で、小野が訊ねてくる。
「なにもしやしませんよ。編集部に電話をしてください。または、つきあいのある新聞社? テレビ? ネットのそういう会社に」
大哉が言う。
「え?」
小野が訝っている。
「あなたがフリージャーナリストだという証拠がほしいだけです。こちらとしても、下手に犯人についてしゃべるのは怖いじゃないですか」
「怖くないよ。顔は隠す。当然、名前も伏せるから」
小野はなだめるような口調になった。
「そういう怖さじゃなくて、名刺一枚で信用しろというのはおかしいと言ってるわけです。だから会社っていうか、バックにいる人にあなたのことをたしかめたい。いくらフリーでも、どこかに記事を書いてるわけでしょ? もっと言うと、あなたが犯人側の人間じゃないって証拠はないでしょ、って話です」
「犯人側の人間?」
「書いてないんですか?」
「犯人の誰か、見たの?」
「書いてないにしても、つきあいのある会社はあるでしょ。電話することもできないんですか」
「私と似た誰かがいたのか?」
大哉と小野の間で、会話が成り立っていない。
「いいからこいつ、縛って警察に突き出そうぜ。電話できないってことはジャーナリストじゃない。犯人だ」
誰かが言った。
「警察は待ってくれ!」
わかりやすく語るに落ちた小野に、騒然となった。
小野の手をつかむやつ、肩を背後からホールドするやつ、あれを持ってこい、これを持ってこい、と怒声が飛び交い、気づけば小野は、テニス用のネット、コートの中央に張ってあるあのネットで、ぐるぐる巻きにされていた。ふたりの男子に両肩を押さえられ、正座している。
「私は犯人じゃない!」
「警察を嫌がるジャーナリストなんて聞いたことないよ。嘘なんだろ、ジャーナリストなんて」
大哉が厳しい声で問う。
「……ジャーナリストは、たしかに嘘だ。そこは申し訳ない。だけどほかに、きみたちから話を訊く方法を思いつかなかった」
小野が、頭を下げてくる。
「なんの話を?」
大哉が問いを重ねる。
「だから犯人の話だって、何度も言っているじゃないか」
「知らねえよ、犯人なんて。でももうすぐ捕まるだろ?」
「捕まる? 警察から情報があったのか? きみたちに?」
小野の質問に、大哉が少しためらってから口を開く。
「違う。でも被害者が意識を取り戻したんだ。そこから犯人、わかるんじゃね? ってか、結局あんたの目的はなんなんだよ」
「意識を取り戻した? なぜ知っているんだ?」
「こっちの質問に、違う質問をぶつけるなよ」
「まだ意識を取り戻してはいないはずだ」
「あー、イライラする。警察にひっぱっていこう。そろそろ先生たちにも気づかれる」
大哉が大声を出す。
「待って。小野さんこそなんで知ってるの。僕らは、母親だという女性からTikTokのDM経由で聞いた。でも意識を取り戻したのはついさっきみたいだから、矛盾はしないと思うけど」
僕はふたりの話に割って入った。
「おい、ほ……」
穂高、と言いかけた大哉が言葉を止めた。
「母親だって? 竜太くんに母親はいないよ」
大哉と被せるように小野は言い、目を丸くしている。
「……被害者は本橋竜太、それは合ってるの? というか、小野さん、なんで竜太という名前を知っているの」
僕の質問に、小野が深くため息をつく。観念したように話しだした。
「竜太くんは、うちの息子のおさななじみだ。悪い仲間に引き入れられたようで、姿を消してしまった。うちの息子は彼を止めると言ったけれど、息子のほうも連絡がつかない。……彼のお祖父さんから、竜太くんが誰かに殴られて意識不明の重体になったと聞いて、息子もその悪い仲間、犯罪グループのなかにいるんじゃないか、犯人のひとりじゃないかと思ったんだ」
「止めるって言ってたなら、犯人じゃないんじゃない?」
大哉が首をひねっている。
「息子本人は殴らなくても、その場に居させられることはあるだろう? おまえもこうなるぞ、と脅されてるのかもしれないし、殴れと……強要されるかもしれない」
「あんたが警察を嫌がったのって」
「……息子と事件の間に、関係があるのかないのかはっきりしていないからだ。痛くもない腹を探られたくなかった」
そういうことか。身分は嘘。だけど犯人側でもない。本当の目的を悟られたくなくて、変な接触をしてきただけの相手か。
「オレらのあのYouTubeを、ピンポイントで見てたのは?」
自分たちのことを隠すのを忘れて、大哉が問う。
「手がかりを探してか、警察が竜太くんのお祖父さんに教えたんだ。そこから教えてもらった。でも私が見ようとしたときには消えていて、見てはいない。ただお祖父さんは、ピエロの顔をした男の子が出ていた、その子が犯人を見たんじゃないか、と言っていた。ほかの動画も見てピエロを探したけど、いなかった。そのときだけの変装だったのかな」
「ほかの動画からオレらの声を覚えたんだな。ってことは――」
「ちょっと、ちょっと待って。それよりさっきの母親の話、していい? 美津子って名乗ったんだ、母親。それ、誰?」
僕は大哉が次の質問をする前に、慌てて間に入った。あのTikTokのアカウントが小野じゃないことは、さっきからの流れで確定だ。……すると、あの件で僕たちに接触しようと考える相手は――
「お祖母さんの名前だよ。竜太くんは両親を早くに亡くして、祖父母に育てられていた。事情を追及されたくない彼が、お祖母さんのことをお母さんと紹介することもあるから、そういうことかもしれない」
でもお祖母さん本人は、自分を母親だとは名乗らない。
「……犯人、だ」
僕のつぶやきに、大哉が息を呑む。
「英恵が危ない」
「え?」
と小野が訝る。
「会いにいったんだ、友達が病院に。その母親に、意識を取り戻した、本人がお礼を言いたいっていってるからと言われて!」
「みんな、あとを任せていいか?」
僕、大哉、となかば叫びながら、用具倉庫の扉を開ける。