2025年のベスト・ブック
【第1位】
装幀=山田英春
『伊藤典夫評論集成』
伊藤典夫 著
国書刊行会
【第2位】
『鹽津城』
飛浩隆 著
河出書房新社
【第3位】
『羊式型人間模擬機』
犬怪寅日子 著
早川書房
【第4位】
『マイ・ゴーストリー・フレンド』
カリベユウキ 著
早川書房
【第5位】
『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』
R・F・クァン 著/古沢嘉通 訳
東京創元社
2025年いちばんのトピックスはアメリカでドナルド・トランプ氏が2度目の大統領職に就いたこと。自国第一主義の政策は乱暴きわまりなく、世界中が振りまわされています。中東ガザでの戦闘は一応の終息を見たものの復興の見通しは立たず、ロシアのウクライナ侵攻も一向に収まりそうにありません。21世紀世界の混沌は度を深めています。
こんな時代に考えを巡らしてみると、もしかしたらSFというジャンルは20世紀の夢と悪夢を追究するものだったのじゃないかと思ったりもします。地球人類のゆくえを思い描く物語はもはや不可能なのでしょうか?
ベストに挙げた『伊藤典夫評論集成』は、クラーク『2001年宇宙の旅』やブラッドベリ『華氏451度』など数々の英米SFの翻訳と並行して著者が書きつづってきた評論のすべてをまとめたもの。1400頁超、定価2万2千円というとんでもない本ですが、伊藤さんが高校生の頃からSFを探求し、考察してきた過程のすべてが収められています。私個人にとっても、日本SF界にとってもこれ以上ない貴重な1冊だと思います。
2位の『鹽津城』は先鋭的でいて円熟味を感じさせる見事な作品集。刊行日が遅かったせいで昨年のベストに入れられなかったので今回どうしても。収録された6編のうち、私のイチ推しは「鎭子」。表面的にはとりたてて事件というほどのことは起こらないにも拘わらず、深く押し込められた破壊と希望への相反する情念が凄い。うっとりします。
3位は第12回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。死ぬ間際の男性が羊に変身するという家系の屋敷で働く少女アンドロイドが、この家族について語る奇妙なメルヘン。癖のある文体と、個性豊かな登場人物たちに馴染むと何度も読み返したくなります。
4位も同じコンテストの、優秀賞受賞作。都心部の巨大団地でギリシア神話に起源をもつ異変が発生、怪物は出るわ生首はぶら下げられるわの大騒動。大時代的だったり最新宇宙論的だったりと、ふんだんにアイデアを盛り込んだサービス満点の娯楽作です。けれん味のある文体もゴキゲン。カリベさんは日本SF作家クラブ編の書き下ろしアンソロジー『恐怖とSF』(ハヤカワ文庫JA)にもおどろおどろしい傑作を寄せていました。
この二作は新人の手になるものですが、国内SFには他にも新人の秀作が目白押し。ハヤカワSFコンテスト大賞のもう1作、カスガ『コミケへの聖歌』(早川書房)、ゲンロンSF新人賞と創元SF短編賞に輝いている天沢時生の初の作品集『すべての原付の光』(同)、こちらも創元SF短編賞の笹原千波『風になるにはまだ』(東京創元社)、ゲームライターでもある赤野工作の『遊戯と臨界 赤野工作ゲームSF傑作選』(同)など。どれも確かな手応えを感じさせます。作家として持続することが難しい時代ですが、今後も歩みつづけられることを期待します。
中堅及びベテランでは、伴名練『百年文通』(早川書房)、小川哲『火星の女王』(同)、高野史緒『アンスピリチュアル』(同)、上田早夕里『成層圏の墓標』(光文社)、円城塔『去年、本能寺で』(新潮社)。酉島伝法『無常商店街』(東京創元社)などが収穫でした。
海外作品に目を向けると、まず5位に挙げた『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』が読み応え十分。時代は19世紀前半、中国生れの少年が語学の才能を買われてオックスフォードに渡り、言語を用いた魔法を巡る大騒動に巻き込まれます。この魔法は多様な言語における意味の差異を利用したもので、大学にある「バベル」という建物で研究されています。もちろん架空の設定ですが、これによって大英帝国は世界の富を掌握することが可能になったという門外秘の先端技術。富の収奪に反発する諸国の若者たちの反乱劇は、統一と多様性との対立を描いてきわめて現代的です。歴史改変SFであると同時に、見事な青春活劇でもある傑作。
この本の著者R・F・クァンは中国生れで米国在住ですが、この1年、欧米圏以外の作家の活躍が目立ちました。
ザフラーン・アルカースィミー『水脈を聴く男』(書肆侃侃房)はアラビア半島のオマーンから届けられた歴史ファンタジー。地中の水脈が命の綱となる土地に根づいた力強い神話的物語が忘れられません。『頂点都市』(創元SF文庫)のラヴァンヤ・ラクシュミナラヤンはインドのSF作家。英米SFの伝統を生かしつつ、インド固有と思われる階層社会の不合理を衝いています。倪雪婷編『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー』(ハヤカワ文庫SF)は現代中国の多彩な作家たちの作品を揃え、またパク・ソルメ『影犬は時間の約束を破らない』(河出書房新社)は韓国女性作家の繊細な視線が印象的です。
これに対し、SFの本場ともいえる英米の作品では、アレステア・レナルズ『反転領域』(創元SF文庫)、ペン・シェパード『非在の街』(東京創元社)、ジェニファー・イーガン『キャンディハウス』(早川書房)、エミリー・テッシュ『宙の復讐者』(同)など。20世紀SFの夢の礎を築いた歴史的SF作家オラフ・ステープルドンの短編と講演録が、浜口稔編訳『火炎人類』(ちくま文庫)で読めたのは嬉しい驚きでした。



