人気連載「今月のベスト・ブック」の中から、各ジャンル別2021年のベストを選出!
コロナウイルスとの戦いは昨年から続き、未曾有の事態を反映した作品も生まれました。
読者の皆様にとって、この1年を表す作品は何でしたか?
答え合わせをするのもよし、新年の読書計画の参考にするのもよし。
本企画によって新たな作品と出会えますように!

 

2021年のベスト・ブック

【第1位】

装画:富安健一郎 装幀:早川書房デザイン室

『三体III 死神永生〈上・下〉』
劉慈欣 著/大森望、光吉さくら、ワン・チャイ、泊功 訳
早川書房

【第2位】
『残月記』

小田雅久仁 著
双葉社

【第3位】
『2000年代海外SF傑作選/2010年代海外SF傑作選』

橋本輝幸 編
ハヤカワ文庫SF

【第4位】
『恋するアダム』

イアン・マキューアン 著/村松潔 訳
新潮社

【第5位】
『星新一の思想 予見・冷笑・賢慮のひと』

浅羽通明 著
筑摩選書

 

 2021年は「コロナ禍2年目」ともいうべき年となりました。とりわけデルタ株が猛威をふるった第5波では、8月下旬に全国の新規感染が1日25000人を超え、医療現場は大変なことに。その後、さいわいワクチン接種の進展で、秋以降の感染者は急減しましたが、この先どうなることやら。まだまだ予測がつかない状況が続きます。

 そんな中、パンデミック下の社会を予言したかのような近未来SFがありました。サラ・ピンスカー『新しい時代への歌』(村山美雪訳/竹書房文庫)がそれで、“参集規制法”が施行されているアメリカでライブ演奏を試みるミュージシャンと彼女を支援する主人公、2人の女性の姿が凛々しい。引きこもり生活を維持するためネット企業が欠かせなくなるという経済体制の未来図も迫真的です。

 今年、作品傾向としては、ロボットが日常生活に入り込んでくる様子を新たな視点から探ったものが目立ちました。ノーベル賞作家カズオ・イシグロの『クララとお日さま』(土屋政雄訳/早川書房)に登場するロボットはそれぞれに個性が有り、とりわけ主人公のクララは宗教的感情さえ持ち合わせています。今月号(「小説推理」2022年2月号)で取り上げた『千個の青』のコリーもそのあたりは似ている。

 イシグロ同様、英国の主流文学の名手であるイアン・マキューアンが『恋するアダム』で描くロボットは、人間に恋をし、主人公の男性の恋敵になったりもします。

 マーサ・ウェルズの好調〈マーダーボット〉シリーズ第2弾『ネットワーク・エフェクト』(中原尚哉訳/創元SF文庫)に登場するロボットもきわめて人間くさい。人見知りが激しく、1人で連続ドラマを見るのが唯一の楽しみだというのですから。

 一方、日本の作家が描くロボット像は少し色合いが異なります。三島浩司『クレインファクトリー』(徳間文庫)のロボットたちは人間に反乱を企て、過去の遺物として封印されようとしており、久永実木彦は『七十四秒の旋律と孤独』(東京創元社)で、宇宙の彼方で自分たちの文明を築くようになったロボットたちの年代記を発表しました(刊行は2020年12月)。どちらも人間とは違った道を歩むロボットたちの姿が窺えます。

 アジア発のSFが目立った年でもありました。韓国からはキム・チョヨプの短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳/早川書房――刊行は2020年12月)。そして今月(「小説推理」2022年2月号にて)紹介した『千個の青』。台湾からは呉明益『複眼人』(小栗山智訳/KADOKAWA)という印象深い神話的ファンタジーが届けられました。そして、やはり中国からも続々と。

 中でも劉慈欣の《三体》シリーズが『三体Ⅲ 死神永生』で完結したのが特筆もの。文革で父親を失った女性科学者が人間に絶望し、侵略を目論む三体人宛てに地球の情報を送信。三体人たちは人類に「お前たちは虫けらだ」というメッセージを送りつけて絶滅を宣言する――というところから始まる両文明の激突は、宇宙における生命の意義を俯瞰するところまで拡大して終焉を迎えました。今のところ今世紀SF最大の収穫。

 劉慈欣は他にも『円 劉慈欣短篇集』(早川書房)が出ていますが、紹介は次号(「小説推理」2022年3月号にて)にて。新鋭・宝樹の『時間の王』(稲村文吾、阿井幸作訳/早川書房)は、わかりやすく楽しい作風の短編集。歴史SFの名品を集めた『移動迷宮 中国史SF短篇集』(大恵和美編訳、上原かおり他訳/中央公論新社)という日本独自のアンソロジーもありました。ケン・リュウ『宇宙の春』(古沢嘉通編訳/早川書房)も、この作家の新たな側面を教えてくれる貴重な作品集。『Arc アーク ベスト・オブ・ケン・リュウ』(同)も出ています。

 国土の一部はアジアともいえそうなロシアからはエドゥアルド・ヴェルキン『サハリン島』(北川和美、毛利公美訳/河出書房新社)という強烈な1冊が届けられました(刊行は2020年12月)。核戦争後、北太平洋地区に君臨する“日本帝国”の領土となった樺太を日本の大学で応用未来学を専攻するロシア人女性が旅してまわるという驚愕の設定。ボリュームといい、内容といい、きわめて刺激的でした。

 欧米SFでは橋本輝幸編『2000年代海外SF傑作選』『2010年代海外SF傑作選』のペアがお薦め。欧米だけでなく中国SFも含まれていますが、今世紀の世界SFの傑作が一堂に集められていてありがたい。

 単独作品で印象に残ったのは、冒頭に挙げた『新しい時代への歌』。同じ竹書房文庫で出たエイドリアン・チャイコフスキー『時の子供たち〈上・下〉』(内田昌之訳)は、ハエトリグモやアリが大活躍し、虫好きにはたまらない宇宙SFとなっていました。

 国内作品でもっとも面白かったのは『残月記』。SFというより、月を主題にした幻想小説三部作ですが、この作家の奔放な想像力をもっと味わいたい。高野史緒が『まぜるな危険』(早川書房)で見せたロシア文学や日本の探偵小説などをパスティーシュ&アレンジする腕の冴えは名人としかいいようがない。樋口恭介編『異常論文』(ハヤカワ文庫JA)も大きな話題を呼びました。

 評論では『星新一の思想』が随一。星さんの凄さを見事に読み解いています。