2024年のベスト・ブック
【第1位】
『マン・カインド』
藤井太洋 著
早川書房
【第2位】
『暗号の子』
宮内悠介 著
文藝春秋
【第3位】
『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』
円城塔 著
文藝春秋
【第4位】
『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』
高野史緒 著
講談社
【第5位】
『ロボットの夢の都市』
ラヴィ・ティドハー 著/茂木健 訳
創元海外SF叢書
2024年。現実の世界は選挙・政変の年でした。政治体制があちこちでグラグラしています。ビジネスから日常生活までAIがあっという間に浸透し、駆動に必要な電力を求めて原子力がまたもやもてはやされようとしています。一方で自然災害は激甚化。とりわけ能登半島では震災に加えて豪雨まで、信じられないような被害が出ました。
SF界では、中堅からベテランの域へと達した作家たちが、それぞれの視点で、こうした時代を反映させる秀作を発表しています。
年間ベストに推した藤井太洋『マン・カインド』は、世界が直面する問題をいくつも取り込んでエンターテイメントに仕立てた意欲作。分断化する社会、途切れることのない紛争、遺伝子テクノロジーの進展……それらがきっちりとSFの伝統のもとで処理されているところに唸りました。藤井さんは年末には『まるで渡り鳥のように 藤井太洋SF短編集』(創元日本SF叢書)を上梓していますが、これについては来月のSF評で。
宮内悠介は『国歌を作った男』(講談社)と『暗号の子』、2冊の作品集を発表。ITを中心に、人間が直面する問題を掘り下げています。落ち着いていて、底に熱の感じられる文章が魅力的。
円城塔も2冊。短編集『ムーンシャイン』(創元日本SF叢書)と長編『コード・ブッダ 機械仏教史縁起』。SFジャンルを念頭に置いた短編集は、数理的発想から何だかわからない世界を想起させる凄さがありますし、『コード・ブッダ』は宗教や現実社会を相対化し、ぶっ飛んだ話に仕立てるユーモアのセンスが秀逸。
今月取り上げた小川哲『スメラミシング』(河出書房新社)も見事な作品集。純文学、中間小説、そしてSFとジャンルを超越して自己の作風を貫いていて逞しい。
性別で区分けする必要もないのですが、高野史緒と松崎有理、二人の女性の短編集が大収穫。高野さんの『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』は本にまつわる幻想がさまざまに処理され、内容のバラエティの豊かさも楽しめました。一方、松崎さんは未来史ものの連作『山手線が転生して加速器になりました。』(光文社文庫)で、パンデミックによって荒廃した未来都市の様子をユーモラスかつノスタルジックに描いており、私はブラッドベリの『火星年代記』を連想してしまいました。
SFといっていいかどうかわかりませんが高山羽根子『パンダ・パシフィカ』(朝日新聞出版)も強く印象に残った一冊。エッセイとも体験談ともつかない文体が、日常に張り巡らされた秘密のネットワークをうまく感じ取らせ、わくわくします。著者にとってはデビュー作『うどん キツネつきの』(創元SF文庫)以来の動物ものでしょうか。
同様にSFかどうか不明ながら面白かったのが、柞刈湯葉『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』(新潮文庫nex)。大学生のバイト体験を読んでいるうちに、不思議で魅力的な謎の解明にたどりつきます。
新鋭の活躍も目立ちました。春暮康一『一億年のテレスコープ』(早川書房)と宮西建礼『銀河風帆走』(創元日本SF叢書)が出たのは特筆もの。前者は宇宙ものの長編、後者は理系テーマの短編集で、どちらもプロパーSFの王道をゆく意気込みが素晴らしい。
松樹凛『射手座の香る夏』(創元日本SF叢書)、空木春宵『感傷ファンタスマゴリィ』(同)、間宮改衣『ここはすべての夜明けまえ』(早川書房)、池澤春菜『わたしは孤独な星のように』(同)も新鋭たちの収穫。安野貴博が都知事選直後に『松岡まどか、起業します AIスタートアップ戦記』(同)を発表したのには驚きました。AIを駆使してスタートアップを立ち上げるビジネスSF。安野さんは、現実とフィクション、両方面での活躍が目覚ましかったですね。
海外作品は少なめでした。
ラヴィ・ティドハーの『ロボットの夢の都市』は紅海周辺の砂漠地帯を舞台に、科学文明がスクラップ化しながらも一種の楽園の様相を呈している様子を描いています。他に長編で目についたのはセコイア・ナガマツ『闇の中をどこまで高く』(東京創元社)とアン・マキャフリー『歌う船[完全版]』(創元SF文庫)。短編集でレイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国』(同)が中村融による新訳で出たのもうれしい驚きでした。
海外SFアンソロジーではジョナサン・ストラーン編『シリコンバレーのドローン海賊 人新世SF傑作選』(創元SF文庫)と中村融編『星、はるか遠く 宇宙探査SF傑作選』(同)。前者は現代の問題を扱って刺激的。後者は不滅のSF魂を感じさせました。
中国に目を転じると、先月取り上げた韓松『無限病院』(早川書房)は、中国SFの新たな側面を示す力作。劉慈欣、かく景芳(「かく」の字は赤に「阝」)らにつづく実力派の本格的紹介となりました。その劉慈欣はすでに多くの作品が翻訳されていますが、年末に新たに『時間移民 劉慈欣短編集2』(早川書房)が出ました。これと江波『銀河之心1 天垂星防衛〈上下〉』(ハヤカワ文庫SF)については次号で。
最後に。日本SF作家クラブ編の書き下ろしアンソロジーとして『地球へのSF』(ハヤカワ文庫JA)と『AIとSF2』(同)の二冊が出たことも画期的でした。