2023年のベスト・ブック

【第1位】

装画=浅野信二 装幀=柳川貴代+Fragment

『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』
ジェフリー・フォード 著/谷垣暁美 編訳
東京創元社

【第2位】
『赦しへの四つの道』

アーシュラ・K・ル・グィン 著/小尾芙佐・他 訳
集英社

【第3位】
『チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク・チク・タク』

ジョン・スラデック 著/鯨井久志 訳
早川書房

【第4位】
〈シリーズ百字劇場〉『ありふれた金庫』『納戸のスナイパー』『ねこラジオ』

北野勇作 著
ネコノス文庫

【第5位】
『アブソルート・コールド』

結城充考 著
早川書房

 

 2023年は「AI元年」ともいうべき年になりました。1年前に発表されたチャットGPTがあれよあれよという間に浸透し、すでにこれを利用して小説を書いている人もいます。少し前までは予想もしなかった形で、人間とAIが共存する社会が実現することになりそう。ただ、怖ろしいのは生成AIの“知性”がどのようにして実現しているのかが分からないままであること。このまま実用化が進展してゆくと、この先、どのような落とし穴が待ち受けているのか。

 ということで時宜にかなったアンソロジーとして日本SF作家クラブ編『AIとSF』(ハヤカワ文庫JA)を挙げておきます。野尻抱介や飛浩隆といったベテランから新鋭まで総勢22人が作品を寄せていて壮観。

 さて、海外SFでひときわ異彩を放ったのがジョン・スラデック『チク・タク(以下略)』。作者は2000年に62歳で亡くなった米国生まれの奇才。かつてサンリオSF文庫から出た『スラデック言語遊戯短編集』は難解かつ奇妙極まりないといった評判を得ました。この長編は1983年に書かれたロボットSFですが、トランプ大統領の登場やウクライナ、ガザでの戦争を見た現在こそ紹介される意義があったのかもしれません。というのも、ロボット(つまりはAI)が人間のやり方を学んでゆくうちに狂気に陥り、悪魔のような存在と化すのですから。

 英米の中短編集では、今月取り上げたル・グィン『赦しへの四つの道』が外せませんが、もう1冊、どうしても忘れてならないのがジェフリー・フォード『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』。SF、ミステリ、ホラー……いくつものジャンルに属する傑作14編が収められた日本オリジナル短編集。フォードはアメリカ本国ではSFやミステリの賞を多数受賞している実力派で、斬新で豊かな想像力と簡潔ながら的確な描写、登場人物の丹念な造形など、どこをとっても文句なし。当代随一の作家だと折り紙をつけておきましょう。

 アジアの作家も活躍を続けています。中国SFの第一人者、劉慈欣は『超新星紀元』(大森望、光吉さくら、ワン・チャイ訳/早川書房)、『白亜紀往事』(大森望、古市雅子訳/早川書房)と初期の長編2冊が訳されました。日本在住の陸秋槎の作品集『ガーンズバック変換』(阿井幸作、稲村文吾、大久保洋子訳/早川書房)も要注目に値。年末には立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』(新紀元社)が出ました。
 韓国からはキム・チョヨプの長編『地球の果ての温室で』(カン・バンファ訳)と短編集『この世界からは出ていくけれど』(カン・バンファ、ユン・ジヨン訳)が届けられました(ともに早川書房)。社会の主流からはみ出してゆく者たちへの柔らかな視線が魅力的です。

 その他の国のSFとしては、ヤロスラフ・オルシャ・Jr.&ズデニェク・ランパス編、平野清美編訳『チェコSF短編小説集2 カレル・チャペック賞の作家たち』(平凡社ライブラリー)と、フランチェスカ・T・バルビニ &フランチェスコ・ヴァルソ編『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』(仲村融他訳/竹書房文庫)も。それぞれの国に独自のSFがあり、興味が尽きません。

 国内SFに目を転じましょう。混沌としていますが、ベテラン、中堅、新鋭というふうに区分してみると見晴らしが良さそう。

 まずはジャンルの枢軸を担う中堅作家たちから。必ずしもSFにとらわれず、一般的分野に進出しているのが目につきます。小川哲『君が手にするはずだった黄金について』(新潮社)は作家本人を思わせる人物を主人公とする連作集。宮内悠介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)はエストニアのIT技術者を主人公とする青春小説。どちらもSFとは無縁といっていいリアルな作品ですが、今後、SF的視点がどう活かされてゆくのか。デビュー当初から見続けてきた者にとっては興味が尽きません。

 藤井太洋『オーグメンテッド・スカイ』(文藝春秋)や今月取り上げた川端裕人『ドードー鳥と孤独鳥』もSF的要素を極力抑え、現実の出来事を記してゆくという姿勢。

 北野勇作は自身が提唱する極めて短い小説の可能性を追い続け、今年は〈シリーズ百字劇場〉全三冊を上梓。出来栄えの優れたものは名人芸と呼びたい域に達しています。深堀骨『腿太郎伝説(人呼んで、腿伝)』(左右社)は唯一無比の奇抜さ。結城充考『アブソルート・コールド』と、高野史緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』(ハヤカワ文庫JA)は今年を代表する秀作。大ベテランの筒井康隆『カーテンコール』(新潮社)と、荒巻義雄『海没都市TOKIYO』(小鳥遊書房)にはもう唸るしかありません。

 新鋭作家たちもそれぞれに独自のカラーを発揮していて面白い。久永実木彦『わたしたちの怪獣』、倉田タカシ『あなたは月面に倒れている』、宮澤伊織『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』はいずれも〈創元日本SF叢書〉から。早川書房からは、斜線堂有紀の第一作品集『回樹』と、第10回ハヤカワSFコンテスト受賞の小川楽喜『標本作家』、同11回受賞の矢野アロウ『ホライズン・ゲート 事象の殺人』がリリースされました。