2022年のベスト・ブック

【第1位】

装幀=須田杏葉 装画=Amir Zand

『流浪地球』/『老神介護』
劉慈欣 著/大森望、古市雅子 訳
KADOKAWA

【第2位】
『地図と拳』

小川哲 著
集英社

【第3位】
『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上・下)』

アンディ・ウィアー 著/小野田和子 訳
早川書房

【第4位】
『NSA(上・下)』

アンドレアス・エシュバッハ 著/赤坂桃子 訳
ハヤカワ文庫SF

【第5位】
『新しい世界を生きるための14のSF』

伴名練 編
ハヤカワ文庫JA

 

 3年目に突入しても収束しない新型コロナウイルス感染症、安倍晋三元首相銃撃という衝撃的な事件もあった2022年。しかし、サッカーW杯カタール大会での日本代表の活躍には心を躍らされました。

 さて、SF出版の分野では中国作品の熱心な紹介が続いています。

 筆頭は『三体』3部作を大ヒットさせた劉慈欣の短編集3冊。前年末の『円 劉慈欣短篇集』(早川書房)に続いて、夏にはKADOKAWAから『流浪地球』『老神介護』の2冊が同時に刊行されました。この作家は短編も実に面白い。呆気にとられるような壮大なアイデアから、中国の現実に根差したシリアスなものまで、どれも迫力ある描写で読ませます。『三体』関連では、この作品に心酔した宝樹による二次創作『三体X 観想之宙』(早川書房)も翻訳されました。

 女性実力派の筆頭、ハオ景芳の『流浪蒼穹』もユートピアSFとして読みごたえ十分でした。享楽的な商業主義にどっぷりと浸かった地球と、理想実現のため市民の自由が制限された火星を対比させ、社会の新たな姿を求める若者たちを描く内容は、中国に生きる人たちの苦悩を反映しつつも、物語ならではの解決を目指します。ある意味、この1年でもっとも刺激的なSFだったといえるかも。

 お隣の韓国からはチャン・ガンミョン『極めて私的な超能力』(早川書房)が届きました。この作品集からは、SFの手法でさまざまなテーマを切り拓いてゆこうという、韓国SFの力強い息吹が感じられます。

 アンドレアス・エシュバッハ『NSA〈上・下〉』(ハヤカワ文庫SF)は、順調に刊行される〈ペリー・ローダン〉シリーズ以外ではひさびさに登場したドイツSF。歴史改変SFであると同時に戦慄のディストピア小説といっていいかもしれません。ナチスドイツがITを駆使してユダヤ人狩りや世界制覇に乗り出すという悪夢が生々しく描かれます。主役の男女2人はNSA(国家安全局)に勤めながら、それぞれ異なった道を歩むのですが、どちらも行き着く先は絶望的。こんなに後味の悪い結末も珍しい。そういう意味でも一読の価値があります。

 英語作品では、前年末に出て昨年のベストに間に合わなかったアンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー〈上・下〉』(早川書房)がダントツの面白さ。太陽系を危機から救うため、たった1人で異なる星系に送り込まれた中学校教諭が奮闘し、見事な成果をあげます。痛快な宇宙SFではありますが、ウィアー作品としては珍しい人間嫌いの主人公が最後に落ち着く場所にホロリとさせられました。

 奇妙な話を好む向きにはデイヴ・ハッチンソン『ヨーロッパ・イン・オータム』(竹書房文庫)がオススメ。無数の小国が乱立する「もうひとつのヨーロッパ」で、ある機関のスパイとしてスカウトされた料理人が、なんだかよくわからない任務をこなしてゆくうちに、この世界のとんでもない秘密と遭遇する。「ジョン・ル・カレとクリストファー・プリーストが合作」したような作品とあれば、見逃すわけにはゆかないでしょう。

 短編集はサラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』(竹書房文庫)を挙げておきます。かつてのジュディス・メリル編の傑作選やスタージョンの短編集を読んだ時のような喜びが感じられる作品が並んでいます。

 国内作品では、まず小川哲『地図と拳』(集英社)。すでに第13回山田風太郎賞を受賞していますが、著者の問題意識、美学、話作りの巧みさが見事に練り合わされた架空歴史小説の傑作。日本が建国した「満州国」に架空の都市を設定し、そこに関わる人物たちの軌跡を追います。印象的なのは、冒頭でロシア兵による検問の際に、登場人物の1人が所有していることがバレる小刀。ある意味、この小刀の行方が物語をひとつにまとめているのかもしれません。小川さんは『君のクイズ』という異色ミステリでも実力を発揮。

 中堅の長編をもうひとつ挙げるとすれば、長谷敏司『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』(早川書房)。義足のダンサーがロボットと踊る。そこから人間らしい動きや表情についての思索が発展してゆきます。終盤のダンスの描写が素晴らしい。

 新人の活躍も目立ちました。第9回ハヤカワSFコンテストで大賞を射止めた人間六度『スター・シェイカー』(早川書房)は、奔放な想像力によるぶっ飛んだ展開が度肝を抜きます。同賞優秀賞、安野貴博『サーキット・スイッチャー』(早川書房)は、近未来、首都高を巡回する完全自動運転車の内部での個人テロを扱った見事なサスペンスミステリ。対照的な作風の2作の受賞となりました。

 第13回創元SF短編賞は笹原千波「風になるにはまだ」(『Genesis この光が落ちないように 創元日本SFアンソロジー5』所収)が受賞。他人の肉体を借りた女性の感じる世界の描写が繊細で魅力的です。

 伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA)は、まだ単著を持たない新鋭14人の作品ばかりを集めた意欲的なアンソロジー。SFのさまざまなテーマのもとで、新しい才能が新しい世界を拓きつつあることがひしひしと伝わってきます。編者の熱い解説も感動的。