新米弁護士と敏腕の先輩が難儀な依頼を解決する「木村&高塚弁護士」シリーズ第3弾!
 弁護士の木村は顧問先企業からパワハラ調査を依頼されたが、パワハラを訴える投書はあるものの、被害者も加害者もわからない。はたして苦しんでいる社員は誰なのか?

 

 人生の難題を弁護士が解決! 優しさあふれるリーガルミステリ小説『悲鳴だけ聞こえない』を作家・下村敦史さんの解説でご紹介します。

 

悲鳴だけ聞こえない

 

悲鳴だけ聞こえない

 

■『悲鳴だけ聞こえない』織守きょうや /下村敦史[評]

 

 本作『悲鳴だけ聞こえない』は、木村&高塚弁護士シリーズの第三弾です。

 解説に当たり、本作を含むシリーズの概要に触れますので、未読の方はどうぞご注意ください。

 主人公である木村龍一は新米弁護士です。木村弁護士は、事務所の〝稼ぎ頭〟で経験豊富な先輩弁護士の高塚智明にアドバイスを仰ぎながらも、依頼人に寄り添いながら仕事に向き合っています。

 木村&高塚弁護士が初めて登場したのは『黒野葉月は鳥籠で眠らない』で、連作短編集として刊行されました。一編目に収録されている表題作は、教え子の女子高生に淫行したとして逮捕された家庭教師の青年の弁護です。示談に持ち込もうと奔走する中、突如として被害者の少女、黒野葉月が弁護士事務所を訪ねてきて、自ら青年を誘惑したと主張します。

「上下関係なんてないよ。あの人の立場なんて私より下なんだから」

 黒野葉月はそう言い放ち、大人として誘惑をはねのける彼と関係を持とうとして、あの手この手で誘いかけたと説明します。それによって、読者の大多数が抱くであろう、事件の構図がいかに偏見や思い込みに満ちているか、思い知らされるのです。

 黒野葉月は彼を無罪にするにはどうすればいいか、木村弁護士に問いかけます。彼を救うためには何でもするという覚悟を見せます。

 一昔前のリーガル・サスペンスといえば、弁護士が〝探偵〟の役割を果たして事件を解決する作品が多数派でした。法廷の外で〝探偵〟のように足を使って新証拠や新証人を探し、それを法廷で突きつけて依頼人の無実を証明する――という流れです。しかし、二〇〇九年五月二十一日から裁判員制度がはじまり、国民が裁判に参加するようになったことで、日本のリーガル・サスペンスも欧米のように裁判シーンを中心にした作品が増えはじめました。弁護士が巧みな弁舌で証人を追及し、追い詰め、噓を暴き、無罪や勝訴を勝ち取るのです。堺雅人さん主演の人気ドラマ『リーガル・ハイ』を想像してもらえば分かりやすいかもしれません。

 リーガル・サスペンスの王道パターンなら、法律を利用して依頼人の希望を叶えるのは弁護士の役目です。困っている依頼人から話を聞き、法律を巧妙に利用したり、法の穴を見事に突いて、まさに〝ウルトラCの一手〟で助けるわけです。

 しかし、シリーズ第一弾の『黒野葉月は鳥籠で眠らない』は、どちらのパターンにも当てはまりません。法律を駆使するのは弁護士側ではなく、依頼人側なのです。

 経験が浅い木村弁護士は、法を巧みに利用して目的を果たさんとする依頼人たちに翻弄されます。リーガル・サスペンスの面白みがふんだんに盛り込まれた連作短編集です。

 シリーズ第二弾の『301号室の聖者』は、一転して長編になっています。医療過誤を巡る損害賠償請求訴訟で、木村弁護士は〝病院側〟として仕事をすることになります。

 ――ドラマなどでは、病院対遺族という構図の場合、大体は病院が悪者で、医療過誤訴訟といえば弱者を助ける弁護士が患者側で奮闘するもの、という印象だったが、考えてみれば、医療関係業務は責任が重い上、かなりのハードワークだ。

 本文中でもこう書かれているように、医療過誤訴訟を扱ったリーガル・サスペンスでは、弁護士は患者側に立つことが多く、〝巨悪である病院という圧倒的権力〟に立ち向かう正義の代弁者として描かれがちです。

 依頼人に感情移入しすぎて、先輩の高塚弁護士から釘を刺されるほど人情家の木村弁護士が主人公なのだから、遺族側に立たせてもよかったところ、織守きょうやさんはあえて病院側の弁護士として訴訟に向き合わせています。

 しかし、シリーズ第一弾の『黒野葉月は鳥籠で眠らない』を読んでいる読者の皆さんには、決して意外ではないと思います。木村&高塚弁護士シリーズでは、木村弁護士がどちら側に立とうとも、常に中立的視点を忘れず、最善の解決案を模索して奮闘する姿を見ているはずだからです。依頼人に利用され、裏切られたとしても、その苦みを飲み込み、また全力で弁護に取り組む――。

『301号室の聖者』でもそのスタンスは何ら変わらず、木村弁護士は医療従事者たちと患者たち、それぞれの気持ちを理解し、双方が苦しまずにすむ解決策を模索し続けます。

 また、『301号室の聖者』は、木村弁護士の成長譚としても読むことができます。担当した医療過誤訴訟を通じ、弁護士としてひと皮剝ける姿が描かれています。

 そして本作『悲鳴だけ聞こえない』では、再び連作短編集の形で、五編の物語が収録されています。

 表題作でもある『悲鳴だけ聞こえない』は、株式会社スドウの中で起きたパワハラ疑惑の匿名の告発に関して、代表取締役社長から、、、、、、、、、相談される、というエピソードです。代表取締役社長はパワハラのない会社を作りたいと心底願っており、告発を投書したのは誰なのか、パワハラ加害者は誰なのか、聞き取り調査を行ってほしいと訴えます。しかし、疑惑を投書した人物はもちろん、加害者や被害者すら特定できず……。

『河部秀幸は存在しない』は、弁護士が詐欺に加担していると相談があり、木村弁護士は確認に動きます。そんな中、木村弁護士に騙されたと訴える被害者も現れ……。

『無意味な遺言状』は、登録一年目だった木村弁護士が初めての相続案件に臨む姿が描かれます。七十代半ばの男性が、〝馬鹿息子〟である長男に財産を〝一円も〟相続させない方法はないか、相談に現れます。実子には法律上保証された分の財産を受け取る権利があり、不可能に思われたが……。経験豊富な先輩弁護士、高塚の腕前をご覧あれ。

『依頼人の利益』では、事業に失敗した男性の相談を受け、自己破産の申し立てを行うことになります。自己破産の過酷さが圧倒的なリアリティを持って描かれているのは、著者の織守さんが弁護士という肩書を持っていることを知っている読者の皆さんにとって、驚くことではないでしょう。自己破産の手続き中、木村弁護士だけが気づいた財産について、依頼者から『黙っていてもらえませんか』とお願いされたらどうするのか。依頼人の利益と弁護士倫理の狭間で葛藤する木村弁護士が描かれています。彼が最終的に選択した答えは……。

『上代礼司は鈴の音を胸に抱く』は、再び遺言を巡る物語です。父親を亡くした兄妹三人で遺産分割協議をしたいと相談があり、簡単な仕事だと安堵していたところ、行方をくらませている四人目の相続人(異母兄弟)の存在が発覚し……。

 第一弾の『黒野葉月は鳥籠で眠らない』では依頼人に振り回され、時には利用され、苦い思いを嚙み締めていた木村弁護士も、第二弾の『301号室の聖者』で大きな成長を見せ、続く第三弾の本作『悲鳴だけ聞こえない』ではしっかりと〝弁護士〟をしています。独立した連作短編集ですから、本作から読んだとしても物語を十分に堪能することはできますが、第一弾から追いかけると、魅力的な二人の弁護士コンビの成長物語を楽しむことができます。

 第四弾が描かれるとしたらどのような物語になるでしょうか。木村&高塚弁護士シリーズのいちファンとして、期待が膨らみます。