結婚×幽霊という異色の組み合わせで、若者の心の揺れを繊細に描き出した大前粟生の最新作『マリッジ・アンド・ゴースト・ストーリー』が発売となった。
27歳の春崎は、長年付き合っている恋人・さやかとの結婚を控えているが、気分が乗らない。しかも意を決して婚姻届を出したその日に、大げんかをして離婚へと突っ走ってしまう。そんなふたりの前に、なぜか数カ月前に死んだ大学時代の友人・ヒロの幽霊が現れて──。
「結婚」と「家族」。世間のしきたりを超えた新たな絆を描く本作の読みどころを、「小説推理」2025年11月号に掲載された書評家・瀧井朝世さんのレビューでご紹介する。

■『マリッジ・アンド・ゴースト・ストーリー』大前粟生 /瀧井朝世 [評]
結婚して即離婚。そんな二人の前に現れた、幽霊となってしまった友人の頼み事とは
現代人の心のありようを、さまざまなシチュエーションから浮彫りにしてきた大前粟生。新作『マリッジ・アンド・ゴースト・ストーリー』では、タイトルから想像できる通り、結婚×幽霊という異色の組み合わせで、現代人の心の揺れを丁寧に描き出す。
27歳の春崎悠太は、大学時代から交際するさやかと同棲して3年。彼にとっては腐れ縁の感覚で、彼女に結婚をほのめかされても気持ちは乗らない。友人たちは次々結婚しているが、春崎にとっては「家族」になるということは重たい鎧を身に着けるように思えてしまう。しかも、金持ちで高圧的なさやかの両親は、明らかに春崎を気に入らない様子。そんな折に飛び込んできたのが友人、ヒロの訃報だ。大学時代、春崎とさやかとヒロはよく行動をともにしていたが、最近はすっかり疎遠になっていたのだった。
後日、婚姻届を提出した帰り、口論となった春崎とさやかは勢いで区役所に引き返し離婚届を提出。家に戻ってみると、そこにはなんと、ヒロの幽霊が。告別式では事故死と聞かされていたが、彼は自分が死んだ状況を憶えておらず、二人に調べてほしいという。この不測の事態に接し、春崎とさやかは離婚したというのに同居生活を続けていく。新たに幽霊を加えて。
春崎がヒロに零す言葉が印象的だ。「俺の心の中に世間があって、俺のことをずっと見張っているみたいなんだ」「ずっとそうだった気がする」。いい歳になったら結婚するもの、結婚したら夫は妻を守ってやるもの──そんな思いが彼の中にはある。彼のように、夫婦の理想像も家族のロールモデルも曖昧なまま、「結婚して家族を作るのが当たり前」「夫婦はこうするのが当たり前」という、見えない世間の圧を感じてしまう人は少なくないだろう。春崎の場合は、ヒロのために行動を起こすうちに心の中に変化が生まれていく。そして、彼らが選ぶ道とは──?
家族像のグラデーションを全肯定する、切実だけど愛らしい、ファンタスティックなストーリーである。