勇猛さも将器も持ち合わせていない戦国武将、蒲池鎮漣をご存じだろうか。筑後国柳川の民と兵を守るため、極力、戦を回避し、産業を興した。ただ民のために尽くそうとした姿は現代のリーダーに必要な人物像であり、無理攻めをしない消極的な姿勢が次々と成果を上げていく様は、歴史小説好きにこそ驚かれるだろう。
「小説推理」2025年9月号に掲載された書評家・末國善己のレビューで『戦ぎらいの無敗大名』の読みどころをご紹介します。
■『戦ぎらいの無敗大名』森山光太郎 /末國善己 [評]
猛将でも知将でもないが戦場に出ると負け知らず。戦嫌いの名将が大切なことを教えてくれる。
マイナーな名将を発掘する戦国ものの歴史小説は少なくないが、蒲池鎮漣を主人公にした本書は、まだこれほどの人物が埋もれていたのかと思わせてくれる。
筑後柳川を拠点に大友家に仕える蒲池宗雪の嫡男・鎮漣だが、気が弱く戦に怯えることから姫若と揶揄されていた。姫若子と呼ばれていた長宗我部元親は成長して名将になるが、鎮漣は姫若のままなのが面白い。
大友と敵対していた龍造寺家が主君の騙し討ちに遭った時、宗雪は龍造寺隆信を柳川に受け入れた。隆信ゆずりの才知を持つ娘の玉鶴姫は、何かあれば夫を刺す命を受けて鎮漣と結婚。敵の娘を妻にしたことでも家中の評判を落とした鎮漣と、密命を受けた玉鶴姫の愛の行方も物語を牽引する重要な鍵になっていく。
「柳川の民を守る」を第一に考える鎮漣は、大友の庇護を受けるために転戦し、多くの柳川の民を死に追いやった父に批判的だった。鎮漣は、九州で疫病が発生すると野放図に広がってきた水路を整理し、大量の肥料が必要な木綿栽培のため細流(下水)を造る。だが西国の大大名・大内義隆が家臣の陶隆房に、陶が毛利元就に討たれ、元就が九州を狙い始めたことで九州の勢力図は激変し、鎮漣も戦場へ向かうことになる。
勇猛さも、将器も持ち合わせていない鎮漣は、臆病ゆえに状況を見極めて必要な物資を集め、慎重に敵の動きを予想し、兵と民を損なわないよう無理攻めをしなかった。この消極的な姿勢が、次々と思わぬ効果を上げていくところは、戦国ものの歴史小説の常識を覆しており、歴史小説好きほど驚きが大きいだろう。
武功を立てても戦嫌いが変わらなかった鎮漣は、戦は力ある者が野心を満たすために起こすので、戦を望む者に民は救えないと考え、不利な状況になる可能性を考えつつも父祖以来の方針の転換を模索し始める。
不器用ながら思わぬ才を発揮したが、知も勇も誇らず、ただ民のために尽くそうとした鎮漣は、現代に必要なリーダーであり、鎮漣が残した義を受け継ぐ人が増えれば現状を変えることもできると教えてくれる。