2017年『悪い夏』(KADOKAWA)で横溝正史ミステリ大賞優秀賞を受賞してデビューした染井為人さん。冤罪事件の構造を活写した『正体』(光文社)、半グレ集団の罪と罰と赦しを描く『鎮魂』(双葉社)など、数々の話題作を世に送り出す染井さんが新たに描くのは、新宿歌舞伎町に集うトー横キッズ。中学卒業と同時に家を飛び出し、歌舞伎町に流れついた15歳の少女。彼女を取り巻く人間模様は、優しさと危うさが交錯し、行き場のない子どもたちを搾取しようと大人たちが蠢く。

 トー横キッズという存在が抱えるリアルな社会問題をテーマにした本書を通して、染井さんが伝えたい思いとは。魅力的な主人公が生まれた過程についても、あわせてうかがった。

 

取材・文=碧月はる

撮影=川口宗道

 

前編はこちら

 

本書において正義は誰もいないし、勧善懲悪の物語でもありません

 

──芸能マネージャーやミュージカルプロデューサーなど、芸能の世界を経て作家に転身した染井さんが、「ミステリー小説」のジャンルを選ばれたのはなぜでしょうか。

 

染井為人(以下=染井):実は、僕自身はミステリーを書いているつもりはまったくないんです。僕の小説は難解なトリックも出てこないし、「真犯人はお前だ!」みたいなシーンもないので。読者の感想を見ても「全然ミステリーじゃないじゃん」と書かれていたりして、やはり世間一般の人が思うミステリーとは、僕の作品は異なるんだろうと感じます。ジャンル分けするとミステリーに含まれるのかもしれませんが、僕の中ではヒューマンドラマに近いですね。

 

──過去作も本書も非常に重厚なストーリーが多く、結末が最後まで見えない点が共通していると思います。

 

染井:結末は僕も見えませんからね。プロットなしで書き出すので、登場人物のキャラクターも、物語の結末も、書きながら決まっていく感じです。本書でいうと、前編で七瀬を歌舞伎町で泳がせる中でストーリーやキャラクターが出来上がっていきました。それをもとに、後編は七瀬以外のキャラクターに視点を移した形です。

 

 プロットを立てたほうがいいのはわかっているのですが、どうしても立てられないんです。何度トライしても筆が止まってしまうので、今はもう諦めました。プロットなしだと先が読めず、つい長くなるので、本作を連載する回数を予定より1回延ばしてもらったんですよ。1行目を書いたところから物語が動き出すので、本作を復讐劇にすることをはじめから決めていたわけではないんです。

 

──本作では、オーバードーズ(薬の過剰摂取)やガールキャッチ、ホストの売掛問題など、トー横キッズが抱える影の部分が赤裸々に描かれていました。生活保護受給者が抱える問題を映し出した『悪い夏』(KADOKAWA)をはじめとして、これまで数々の作品において社会課題をテーマに執筆されていますが、このような題材で執筆する際に意識していることはありますか。

 

染井:説教臭くならないように意識しています。僕はよく「社会派」と言われるのですが、自分ではそんなつもりはまったくないんです。題材に選んだものがたまたま社会課題と密接に絡んでいるだけで、社会に一石を投じたい、社会を啓蒙したいという気持ちはあまりないですね。僕の作品はあくまでもエンタメ作品であり、娯楽本なので。読者の皆さんに楽しんでもらいたいというシンプルな気持ちが強い。

 

「これは間違っているからこうすべき」みたいな考え方が、僕自身あまり好きではないんですよ。だから、重いテーマに深く入り込んでいるようでいて、実は入り込み過ぎないようにしています。『悪い夏』で描いた生活保護に関しても、もっと突き詰めて考えたら、システム上のさまざまな問題が出てきますよね。人によって視点は変わるし、立ち位置によって答えは変わります。だから僕は、答えを出さないんです。本作においても、問題提起をする程度でとどめています。

 

──答えを決めきってしまうと、異なる立ち位置から見た人にとっては「違う」と感じる部分もありますよね。

 

染井:それもあるし、すべての答えは中間にあるような気がするんです。白か黒かで答えを出して断じるのが好きな人も多いでしょうけど、僕はグラデーションの部分、濃淡みたいなものを描くタイプなのだと思います。トー横キッズに関しても、どの立ち位置から見るかで答えや景色は変わりますよね。だから、多くの問題には「正解がない」気がするんです。

 

──凄惨な過去から逃れるために歌舞伎町に逃げ込んだ七瀬は、生育環境に恵まれなかった被害者でした。しかし、ある出来事をきっかけに復讐に手を染めた瞬間、加害者に転じます。被害者と加害者の境目も、そういった意味ではグラデーションの上にあるように思えますが、いかがでしょうか。

 

染井:そうですね。どんな人でも、加害者、被害者のどちらにもなり得ると思うんです。今現在どちらでもない人は、たまたまそういう立ち位置にいるだけで。環境や何かしらの弾みで、人はどちらにも転びます。七瀬に関しても然りで、当然ながら七瀬は絶対的な正義ではない。七瀬の中にある正義を軸に動いているだけで、やっていることは犯罪ですから。

 

 とはいえ、後編で酷い目に遭う被害者たちも、人を殺すまではいかずとも何かしらの罪は犯しています。七瀬も、復讐される側も、どちらも被害者であり加害者でもあるわけです。境目は紙一重で、どちらに行くかは状況や周囲の環境によるのでしょうね。

 

──本書では、道に迷う子どもに手を差し伸べるふりをしながら搾取する大人たちが出てきますよね。誰に出会うかによっても、道は分かれる気がします。

 

染井:これまで表に見えにくかったトー横キッズの存在が広く知られたことで、彼らが子どもである点に付け込んで利用しようとする悪い大人たちが現れました。本書では、トー横キッズとあわせて、そういう大人の姿を描きたいと思ったんです。

 

 本書において正義は誰もいないし、勧善懲悪の物語でもありません。トー横キッズからホストになったユタカや、ヤクザの矢島國彦、半グレの浜口竜也など、みんなそれぞれの事情を背負って歌舞伎町で生きています。七瀬をはじめとして、登場人物の仄暗い面だけではなく、人間らしい部分を楽しんでもらえたら嬉しいですね。