中学卒業と同時に親元から飛び出し歌舞伎町にたどり着いた15歳の少女・七瀬。わずか15年の人生で絶望を味わい、すべてをあきらめている七瀬にとって、歌舞伎町は唯一、心を安らげる場所だった。トー横広場で仲間とダベり、危ないバイトに手を出していくうち、歌舞伎町の闇社会や家出少女たちを食い物にしようとする大人たちとも関わっていく。そして事件は起きた――。社会派サスペンスの新鋭が描く衝撃の復讐劇。

 

「小説推理」2025年5月号に掲載された書評家・あわいゆきさんのレビューで『歌舞伎町ララバイ』の読みどころをご紹介します。

 

歌舞伎町ララバイ

 

■『歌舞伎町ララバイ』染井為人  /あわいゆき [評]

 

 心をなくした15歳の家出少女が歌舞伎町で自分を取り戻す──。しかし、そんな七瀬にも「悪い大人」たちの魔の手がのびて……。現実ともリンクする社会派小説。

 

 新宿歌舞伎町にある新宿東宝ビル、その真横にある広場。通称「トー横」は近年犯罪を未然に防ぐ目的で未成年者の一斉補導が繰りかえされている。結果的にトー横でたむろする若者はかつてより減った。しかしそれは、トー横を拠り所にしていた行き場のない若者のつながりと居場所を一方的に奪う行為にもなりかねない。

 

 2019年、中学卒業と同時に家を出た七瀬がたどり着いたのもトー横だった。七瀬はトー横キッズの愛莉衣や内藤組の行儀見習いである颯太と交流しながら、ときおりゴールデン街のスナック『きらり』を営む老婆サチに頼まれて、ガーナ人のコディからコカインを受け取る。お金がなくなると男の誘いに乗ったふりをしてぼったくり店に連れていく「ガールキャッチ」をする。アウトローな世界を生きる七瀬だったが、内藤組の若頭である矢島から人並みならぬ胆力と才能を見出され、トー横の若者を支援する一般社団法人「PYP」代表の藤原悦子の弱みを握るよう要求される。

 

 まず読みはじめて、七瀬の乾いた語り口に驚かされるはずだ。物騒な環境を生きている15歳にもかかわらず歌舞伎町を見つめる眼差しは達観しており、実父に強姦されて実母が新興宗教に陶酔していた過去の身の上話は、まるで遠い昔を他人事として思い出すかのように淡々と済まされていく。情を挟まないからこそアウトローな世界の常識がひしひしと伝わってきて、その環境下で大人と対等に渡り合っていく七瀬のかっこよさにも思わずしびれてしまう。

 

 一方で、かっこよさをただ享受するわけにもいかない。七瀬が乾いた語りをし、「人を好きになる感情がわからない」と本心として抱くようになったのは、紛れもなく壮絶だった過去の経験に根ざしているからだ。そんな七瀬はトー横で愛莉衣たちと交流するうちに苛立ちや怒りをおぼえ、心を回復していく。行き場のない若者を孤独から救うトー横は七瀬にとっても、感情を殺して生きてきた自分に息をふきこんでくれた場所だったのだ。だからこそ、七瀬は歌舞伎町を利権のために利用する大人やトー横の仲間を軽んじる人々に、強い怒りを抱くようになっていく。

 

 第二部では2024年になり、謎の女・愛が歌舞伎町で暗躍する。歌舞伎町を利用する人間を掌のうえで転がしていくさまは爽快だ。そしてそのすがたは、現実の歌舞伎町を奪われないための抵抗としても力強く訴えかけてくる。