元プロ野球選手が妻を殺した疑いで起訴されたが、ある男の証言が決め手で無罪となる。男の息子はつい最近亡くなっており、その息子を安楽死させた疑いで、華岡検事は担当医師を取り調べているところだった。ふたつの事件に違和感を抱いた華岡はさらに捜査を進めるが──。

 終末期医療のあり方を問うヒューマンミステリー『死の扉』。父が安楽死させられたのではないかという疑いを抱えて生きてきた華岡検事が、自身の家族の過去とも向き合いながら事件解決への途を辿っていく本作が、ついに文庫化! 「小説推理」2020年12月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで、読みどころをご紹介する。

 

死の扉

 

死の扉

 

■『死の扉』小杉健治  /日下三蔵[評]

 

元プロ野球選手の妻が殺害された事件に不自然な目撃者が現れた。華岡検事は複雑に絡んだ事件の裏側に迫っていく! 安楽死をテーマに描く力作推理!

 

 法廷ミステリを得意とする小杉健治だが、ここ数年は文庫書下し時代小説の人気作家として精力的な執筆を続けている。2020年に入ってから10月までに、時代小説だけで7社から13冊を刊行しているのだから凄まじい。

 他に現代ミステリの書下しが2冊、文庫化・再文庫化が2冊、さらに新作単行本の本書が加わって、何と18冊。

 11月と12月にも新刊が出るだろうから、1年間で著書20冊を超えそうだ。

 新作のほとんどが書下しであるため、小杉作品が読める小説誌は本誌しかない。この『死の扉』も、本誌に5回にわたって連載された作品である。

 元プロ野球選手の三和田明の妻が自宅で殺害された。犯人は三和田と思われたが、田中という銀行員が三和田宅から逃げ去る犯人を目撃したと証言したため、1審は無罪となってしまう。

 横浜地検の華岡検事は控訴のために事件を再び調べ始めるが、三和田の弁護を担当するやり手の駒形弁護士には、過去の事件で証人や証拠を捏造しているのではないかという疑惑があった。

 華岡は並行して西横浜国立病院で発生した安楽死事件の被疑者・山中医師を担当することになる。マンションから転落して重傷を負った患者を安楽死させて欲しいと山中が家族から頼まれているのをベテラン看護師が聴いており、報告を受けた同僚の植草医師が告発したのである。

 その時に死亡した田中淳が、三和田の事件で証言をした田中真司の長男であることを知り、華岡検事はふたつの事件に関連があるのではないかと考えるのだが……。

 華岡の母は末期がんで余命宣告を受けていたが、彼は幼少期の出来事が原因で母を避け続けていた。実の父が亡くなる直前、母が病院で医者に、父を楽にしてやってくれと頼んでいるのを聴いてしまったのだ。

 つまり華岡は、父が安楽死させられたのではないかという疑いを抱えて生きてきたキャラクターであり、彼自身と家族とのわだかまりが解けていく過程が、事件解決への道筋と重なっているところが、この作品のミソになっている。

 ちなみに連載開始前の予告では、『家族殺し』というタイトルになっていた。どの家族も重い秘密を抱えながら生きていて、それが謎解きとしっかり結びついているのが、デビュー以来変わらぬ小杉ミステリの持ち味だろう。読み応え充分の力作である。